めっき化学に出あったのは
関東学院大学材料・表面工学研究センター
本間英夫
研究員 コルドニエ クリス
今月号では、昨年の四月から研究センターの研究員として正式にスタッフとなった、クリス君の自己紹介と、前々号に引き続き、プラめっきの新しい展開としてUV以外の環境に優しい研究の進捗状況を紹介する。以下は彼の書いた文章に少しだけ手を入れた。
めっき化学に出あったのは、一昨年のJR東海在籍時でした。当時、形成したパラジウムの微細パターン上に無電解めっきで数ミクロン~サブミクロンの金属配線形成方法を研究していました。その関係で本間先生に相談させて頂いたのが、先生と私の最初の出会いでした。
私はカナダの田舎町、カムルプス市で生まれ育ちました。高校卒業後、ビクトリア大学で物理学を専攻しました。卒業が近づく頃、人生の選択肢は就職か大学院進学と考えていました。しかし、どちらを選択するにしても、しばらく時間が掛かるだろうと考えてもいました。次の人生の章が始まる前に、自分の意識・存在している世界を理解し、生き方の視野を広げた方が大切であると思い、一年間ぐらいは言葉・生活・文化の違う国に行き、その生活に馴染みながら、周りの国々を巡るという冒険に出掛けることに決めました。
英会話等の仕事も簡単に出来て、治安が良く、生活レベルもそんなに悪くなさそうで、アルファベットも異なる日本はちょうど都合がよかった。そこで、1999年、日本に飛んで来ました。一年目は英会話を教えながら、日本語と日本人の心(精神)を学びながら、広島県で生活していました。(最初の二ヶ月は名古屋に居ました)もっと日本に馴染みたい心が強くなり、来日一年が近くなった頃、文部科学省の国際留学奨学金のことを耳にし、カナダに帰国するより、日本で大学院に進学することに決めました。
住んでいた福山市に近い岡山大学で、興味のある研究室を見付け、飛び込み的にその研究室の佐竹恭介先生に接触し、その後の5年間、博士前期・後期課程で、佐竹先生と木村勝先生にお世話になりました。その岡山大学では反応有機化学を専攻し、熱狂的に知識と知恵を取り込みました。主にアゼピンとアゼピニウムと言う一つの窒素を持つ7員環物質の反応性、電子移動、合成と特定等の研究をしていました。アゼピニウムとは6π電子を持つ、ベンゼンの様に芳香族特性を示す物質です。この物質から「芳香族性」の意味を更に深く学べ、アカデミアに高価値なテーマと感じました。アゼピン以外には、化学発光と電気発光の研究も行いました。大学での研究環境は結構自由だったので、何かに興味を持ち、やってみたいと思ったら、直ぐに実験をしていました。例えば、発光体の中の自由に回転できる結合を決まった位置で固定した場合は、その化合物の発光スペクトルにどのような影響を与えるのか調べました。また、光触媒とはどんなものか興味を持った時も、酸化チタンを直ぐ購入し、色んな実験を試みました。実際に行った実験で、そのときに良い結果が出なくても、何年後かに過去に気付いたことが役に立つ場合や、違う分野の問題解決につながったことがかなりあります。今、学生に伝えたいことの一つは「経験を積むほど自分の創造力の財産になる、失敗しても無駄な実験経験はない。」やってみると後々意外な価値もでてくる。
アカデミアを育成することは人類のライフスタイルを向上する財産ですが、もっと直接人類に役に立つことが大切と思い、博士課程後期の修了後、企業で活躍したい気持ちになりました。
次の人生章は、JR東海でノーベル賞候補の藤嶋昭先生が指導している機能材料研究グループに所属させて頂きました。その機能材料チームで主に光触媒の研究をしました。その中で平面構造を持つ金属錯体を使用し、新たな金属酸化物膜形成法と金属・金属酸化物の微細パターン形成法を発見しました。他に、独特な光誘起反応を示す、新たな二オブ酸ナトリウム光触媒化合物も発見できました。
機能材料グループでは、定時の間は指定された研究を行い、定時外に自分の意思で価値があると思う研究をする決まりがありました。大学時代と同様に自由に色々な実験ができて、その時に失敗と思われた結果の一部は今の研究環境に意外なところで役立っています。化学以外に、大切な社会経験になりました。
これまで5年間アカデミックな環境で活動し、その後の5年間を企業の環境で活動し、現在はアカデミアと産業界がうまく馴染んでいる環境と考えている当研究センターで活動させて頂いています。私的に今の組み合わせがちょうどいいと思います。2つの世界の合流点で、ユニークな経験が多く、両方の世界がお互いにより多く提供し合い、より強く人に役に立てると考えられます。
現在取り組んでいる研究テーマは多数。その中、フルアディティブ微細金属パターン形成、ガラス・ウエハ・PET・PEN・エポキシ上の、環境に優しい高密着めっきとダイレクトパターニング、めっきの添加剤合成、自己触媒性無電解金と銀めっき浴を研究させて頂いています。
人生が進むほど、今まで出会った人にお世話になったことを少しずつ意識し、人生が進むほど周りに感謝が増します。このサイクルで仕事のやる気も自然と増します。これが、仕事を手間ではなく、活き活きとできる様になる私の秘訣です。
子供の頃から自然界に興味津々でした。記憶がある限り、石、花、葉っぱ、空、色鉛筆、色々な溶液、の色はどういう仕組みでできているのか。庭に咲いたハーブ、発酵しているもの等の匂いは、元とどのように関連するのか。様々な機械はなぜ動くのか。氷は何で融けるのか。何故マッチを擦ると火がでるのか。質問が多すぎて、自身の納得する答えがみつからなかった。その時、いくら化学的に説明してもらっても、化学の基礎を理解していないと関連できない。
そこで小学生の頃から、手に入る物で、色々な実験をやりだした。お父さんは地質学の専攻で、大学院博士前期課程を修了していた。色々な石を集めに連れて行ってもらい、不思議な石を沢山持っていた。どの石はどんな環境でできたと、石から地球の歴史の読み方を教えてもらった。実際にやってみると、感覚として想像できる。その後、学校で数学と理論が現れたとき、「なるほど!」と簡単に覚えられる。関連があれば理論と数学の理解は簡単。それで、学校ではほとんど勉強していなかった。
10歳の頃、従兄に硝酸カリウムと過塩素酸塩を含む多数の薬品をもらいました。その薬品で金属、金属イオンと塩基の電位の違い、酸、アルカリ、pH、イオンと配位結合等の感覚をつかめました。その頃から知らずに、置換めっきを行ってよく遊んでいましたが、水素の発生方法や火薬になる組成も自ら発見しました。いい経験を重ねて、化学がとても面白くなりました。
小学生の頃から「化学者」になりたかった。しかし、私の人生で計画通りになったことはほとんどありません。小中学・高校のとき、勉強は好きではなく、中学の頃に溶接を好きになりました。化学者の道から溶接師に向かいました。また、高校最終年の下期に単位取得のため、1年生の物理学授業を受け、アインシュタインの相対性理論に出会い一目惚れしました。そこで、大学では物理学を専攻しました。次のターニングポイントは、日本への旅、日本の大学院に入学、JR東海機能材料チームに就職、関東学院大学材料・表面工学研究センターに転職する決意、全ては予測していなかった道です。しかし、不思議なことに、子供の頃からどうしてもなりたかった「化学者」になりました。そして、本間先生がよく言う「人のいく裏に道あり、花の山」の言葉の信者でもあります。
本間先生と知り合って「裏の道、花の山」、「人生のアイウエオ」等の共感できる話を聞いて、良いところに流れてきたと思いました。自分も他人も世界の技術の向上に貢献できるように、これからも今まで学んだことを他の人に教え、自身も勉強しながら、頑張ってみようと思います。私には研究室、寝る場所と駐車場があるだけで幸せです、収入は家族のためです。
環境に優しい研究テーマの紹介
我々は従来の材料表面の粗化および表面修飾の代替法として、前々号で大気下にて材料表面にUVを照射することで、表面を粗すことなく密着性に優れた導電層形成が可能となることを述べた。本号では、UV以外の環境に優しい研究テーマであるラジカル水およびオゾンマイクロ・ナノバブル水を用いた表面改質法を紹介する。
このラジカル水製造装置(クラボウ製)は、水中に溶存し難いオゾンを数10μmの超微細気泡マイクロバブルにすることで、高効率にオゾンを溶液中に溶解させることができる。更に、独自の紫外線反応塔を組み合わせ、溶存オゾンの全量を最適量の紫外線エネルギーと反応させ、酸化力の強いOHラジカル(ヒドロキシラジカル)へ効率よく変化させている。このOHラジカル自体の寿命は一般的にマイクロ秒と大変短いが、本装置は数分オーダーまで連鎖反応を持続させ、長寿命化を実現している。また、このOHラジカルの特徴として、洗浄時の除菌能力は次亜塩素酸ソーダ水の殺菌効果と同等以上の能力がある。即ち、化学薬品を一切使用しないため、環境に優しい表面改質技術である。工業的には、染色廃液の脱色やダイオキシン類などの難分解性有機物の酸化分解、市販のカット野菜などの洗浄にも使用されている。このOHラジカル水は、先に述べたUVとは異なり、サンプルの形状(凹凸)に関係無く、浸漬や噴射による表面改質が可能であり、経時的にもとの水に戻るので、薬剤などの残留が全く無く、非常に環境にも材料にも優しい手法である。
本手法の基本的な工程としては①ラジカル水処理、②脱脂、③触媒化、④無電解めっきの4工程から構成されている。エッチング工程をラジカル水処理に変えるだけでほとんどこれまでの前処理を変える必要が無いのはUVと同様である。
このラジカル水処理をABS樹脂のクロム酸エッチングに代替したところ、樹脂表面に微細な凹部が多数発現し、処理時間10分で0.6~0.8kN/mの密着強度が得られた。エッチング液やその後の回収・水洗の廃液処理費用の心配が全く無い点も環境配慮型の研究である。
もう一つの環境に優しい手法は、オゾンマイクロ・ナノバブル水による樹脂改質方法である。オゾン水での改質は、オゾン濃度100ppm程度で密着強度の高い皮膜が得られるが、生産性や環境面の観点から低濃度での適用が望ましい。そこで、ラジカル水では10μmであったバブルサイズをマイクロからナノサイズにすることにより、さらに水中にオゾン(1ppm程度)を停留・充満させ、樹脂表面に接触する頻度を増加させることにより、低濃度オゾンでも樹脂表面の改質効果が得られる。この処理をポリイミド樹脂に適用した結果、5分で1kN/m以上の高い密着強度が得られた。本研究は未だ、始めたばかりであり、密着メカニズム等はこれからの課題であるが、学会等で順次発表していくので、今後も注目して頂きたい。