教育現場の現状と問題

関東学院大学
山下 嗣人

教育現場の現状と問題

昭和45年頃の社会は好景気で、大学生は有名企業への就職が決定し、公務員や教員を志望する学生は極めて少なかった。その時代に「でもしか先生」が話題となった。先生に「でも」なろうか、先生に「しか」なれないことを指していたのである。その頃教員になった団塊世代の定年が数年前から始まり、教育現場では教員の「引き抜き」や「大量採用」が行われている。安定感のある公立学校が大量に採用するあおりを受けて、首都圏の私立中学・高校が教員確保に悩んでいる。  少子化と厳しい社会情勢で、私学の経営が苦しい中、教員志望者の私学離れが止まらないという。倍率低下、さらには試験科目の削減や年齢制限などが緩和されて、教員のレベル低下が懸念されていた。事実、教育者としての適性・資質が疑問視されるような不適切な指導や宿題を課して問題となっている。先生は生徒から良い評価を得たいために、いろいろ工夫しており、その行き過ぎが要因の一つではないかとの指摘もある

近頃の先生は授業、教材作成、授業準備という教員本来の仕事の他に生活指導、部活などの雑務に追われて多忙なのである。団塊世代の大量退職に伴う負担増や効果的な指導法が伝承されていない。さらには保護者との対応などにも悩み、採用前に抱いていた教員のイメージとのギャップに自信を失い、早期に退職する教員は毎年1万2千人を超えている。新人教員のうち、1年以内に依頼退職した人は10年間に約9倍に増えており、人口が多い首都圏の退職率が特に高く、東京が最多の30%である。

休職中の教員が増えていることも事実である。文科省が全国の公立小中高校や特別支援学校などの教員について、2010年度の休職状況を公表している。病気休職者は8660人で、在職者に占める割合は約1%、どちらも過去最高の数値である。うつ病や適応障害といった精神疾患は5407人で、年代別では50代が最も多い。また、勤務年数2年未満が45.7%である。公立小中学校教員の27.5%が「気持が沈んで憂うつ」という。この数値は民間企業の約3倍に上り、精神面での負担が大きいことを示唆している。

かつてはゴールデンウイーク明けの大学1年生に特有の病状であった「5月病」を最近聞かなくなったが、ストレスが多様化して季節には無関係のようである。環境の変化に戸惑い、また、目標を見失って無気力に陥る状態は大学1年生だけでなく、上級年次の学生や社会人にもみられるという。

以前、テレビのクイズ番組で、「教室の中から消えた一番多い物は何か?」との出題があった。小学校の先生が黒板の前に立て、手品のごとく操作した大きな「そろばん」や中学校の先生が芸術品級の円弧・図形を描いた「コンパス・定規」をイメージしたが、正答は以外にも「教壇」だった。昔の教室には教壇があり、教師は高所から生徒を見下ろしての講義であった。遠くまで目が行き届き、理に適った教授法であったと思うが、今では大学の教室でも階段教室などの大教室以外には設置されていない。今の教育現場では、先生と生徒の目線を対等にしているのである。

大学でも学生参加形式の授業体系が望まれて久しいが、目的を持たずに入学してきた無気力、指示待ちが多い学生への教育効果は疑問に思う。教える側と受ける側では「立場が反対」であることを明確に理解させ、学生に規律や秩序、敬う精神を身に付けさせる必要があろう。規範意識を高めるには、幼い頃からの厳しい教育が必要である。しかし、大学教育であっても厳しく指導をすると、学生による教員評価が低下する。さらにはパワーハラスメントと訴えられて出勤停止の処罰を受けた教員が現実にいる。最近の学生指導には大変な神経を使うのである。「学生主体の大学、学生に評判の良い大学」を意識し過ぎて、本来の教育とは乖離している

教員の評価について

員の資質、特に研究面での低下は大学でも問われており、教員の指導力向上が課題であるとの指摘もある。大学教員の評価は論文数による研究業績で行われてきたが、大学教育の多様化に伴い、近頃の昇格審査は教育歴、社会・学会活動なども加えて点数化した総合評価で行われるので、研究に特化しなくても昇格できるようになっている。

大学進学率が50%を超えた昨今、学力低下や勉強意欲に乏しい学生の教育に時間が費やされる。民間人を登用するケースも増えているが、教育・研究の経験が無いので、技術的な報告書は書けても学術論文を執筆することができないのである。

文科省の指導により任期制の教員である「助教」を採用するようになっているが、若手の助教は専任教員以上の講義やセミナー、学生実験、各種委員を担当しながら、次の職場に向けて研究成果を出さなければならない。このような環境では、大学の研究ポテンシャルを高めることは極めて困難である。講座制でない私学では専任講師以上になると、自分の研究室を立ち上げ自由に運営できる。研究費は平等に配分されるので、若手には研究しやすい環境が整っている反面、恵まれ過ぎて、向上心や競争意識が足りないのである。研究生活スタートの若い時代に研究の基礎・習慣を身につけておくことが大切である。

国立大学では数年前から研究費の傾斜配分が制度化されている。その70%の大学では給与にも反映させている。研究成果を挙げた人には「厚く」している。私学には独特の良さはあるものの「平等」から「特化」へ移行しつつあり、今後研究の活性化が期待できよう。理工系の教員は最先端の研究成果を講義に反映させて、教育効果を高めることができる利点を大いに活用したいものである。

教員の昇格と研究費配分に研究業績を導入した工業系某私大の偏差値は18歳人口激減にも関わらず急上昇している。研究の活性化が魅力ある教育へと実を結んだ実例であ

推薦・AO入試から一般入試への回帰

朝日新聞社と河合塾が国内の大学すべてを対象とした「ひらく 日本の大学」調査を本年4月に実施し、その結果が8月に公表された。AOや推薦入試から一般入試への回帰傾向がみられる。最大の理由は「学力重視」という。入試の方式を多様化することで、筆記試験だけでは見出せない能力や個性ある学生を受け入れようと広く導入され、拡大されてきたAO入試や推薦入試であるが、基礎学力が足りない一部の学生が授業についていくのに苦労する傾向にあるという。合格が早く決まるので、高校3年生後半の勉強がおろそかになっていること、評定平均値の基準が高校によって異なり、基礎学力を適切に把握することが難しいなどが問題視されている

このような反省から、AO入試は43%の大学で、推薦入試は35%の大学で、ともに縮小傾向にある。2011年度のAO入試は国立大学の約60%、公立の約30%、私立の約80%で実施されたが、入学者数は初めて前年度より減少している。一方、一般入試拡大傾向の大学は60%に達し、入学定員規模の小さな大学ほどその比率が高いという。

勉強をした経験、一般入試の壁を超えた経緯は極めて大きい。講義の聞き方、ノートの取り方、勉強の仕方を熟知しており、授業への積極的な参加も見られる。これが大学生本来の姿である。物理化学と電気化学の講義をしている私の率直な感想でもある。採点に多大な時間を要するが、マークセンス式問題を減らし、「なぜそうなるのか?」、その理由を「考えさせる」記述式を多く取り入れた一般入試が望まれる。

「理科離れ」は中学生から

2012年4月に小学6年生と中学3年生を対象に実施した全国学力調査の結果が8月に公表された。今回初めて行われた「理科」では、観察・実験の結果を考察する問題の正答率が低く、知識を活用すること、文章での説明が苦手である傾向は従来の国語・数学と同じであった。正答率7.8%と極めて低い電気回路を含めた記述式の平均正答率は33.2%で、選択式や短答式を大きく下回っている。小学6年生のグラフを分析して、その理由を説明する問題の正答率も17.1%と低い。実験や演習を取り入れて「観察する・考える・工夫する・考察する」力を養うと同時に、文章を書く訓練が必要である。

文科省は学力調査が「競争を目的とはしていない」としている。しかし、都道府県別の結果が公表されるので、学校側はその結果を恐れて技術面ばかり教え、理科の本質である「自然の摂理」を学ばせていない。また、教員が理科教育で何が大切なのかを十分に理解していないとの指摘もある。学力調査で大切なのは結果の良し悪しではなく、弱点を分析して学力を向上させるべき対策を講じることにあるが、都道府県別の順位には固定化の傾向が示され、改善はみられていない。

アンケート結果によると、理科が「好き」と回答した小学生は82%で、国語の63%、算数の65%よりも高いが、「将来役立つ」と考えている児童は73%で、国語と算数の90%よりも低い。理科好きの中学生は62%に低下し、「理科離れ」は中学から進んでいる。理科と実社会との関わりが理解出来るような授業が足りないのであろう。理科の魅力や感動を体験させること、ノーベル賞級の科学者や宇宙飛行士による夢のある体験を聞かせて、将来への希望を語り合う場が必要である。理科好きの子供を育てるには、まず、理科好きの教師を増やすことが先決である。

少人数教育の効果

文科省は、理科や数学の学力低下の歯止めにしたいと、中学生が科学の知識や技能を競う全国大会「科学の甲子園」を2013年度から開く方針という。理科や数学についての筆記と実験の競技を実施して順位を決めるという。多くの学生が参加することによる効果を期待したいものである。

経済協力開発機構が加盟34カ国の教育状況の調査結果を発表している。日本の国内総生産(GDP)に占める教育機関への公的支出の割合は3.6%で3年連続最下位である一方、家庭の負担は高く3番目である。国の将来を担う人材教育への投資を増やさなければならない。

秋田県と福井県の学力が毎回好成績を収めているが、その理由を解析した結果、①少人数学級を早くから導入したこと、②家庭の教育力の高さ、が背景にあるという。また、「30人以下の少人数学級を2年以上続けると成績が上がる」という結果が、国立教育政策研究所の調査で明らかになっている。学年あたりの教員数が多く、手厚い指導が行き届いている効果であると結論している。

文科省は、2017年までに公立小中学校のすべてを「35人以下学級」とする方針を示している。少人数教育は今の大学でも必要である。一人1テーマの卒論を体験して、これが大学生本来の勉強と初めて実感する学生が多い。1~2名での学生実験やセミナー形式での演習科目が実現できれば理想的である

東日本大震災の教訓から、「自ら考える力、自主的な判断力を重視する教育」が必要であるとしているが、当然のことと思う。自ら責任感を持って学習する習慣をつけさせたいものである。