めっき不良の80%は装置から
松下技術士事務所
技術士(機械設計講座講師) 松下哲夫
私がめっきの業界に携わったのは、今から37年まえでした。大学では機械工学を専攻し、卒業後、会社ディーラーの修理部門で自動車の修理、いわゆる自動車修理工をしていました。
その後縁があり、制御盤を製造する会社に就職し、制御設計をすることになりました。
当時の制御盤は、リレー制御と言ってリレーを多数配列した制御盤でしたが、いまは、シーケンサと呼ばれる便利な道具があり、制御設計も楽になりました。射出成型機やダイキャストマシン等の制御盤の設計をし、鍛造プレスの数値制御を設計したときにこれで制御は極めたと思いました。
当時、機械も制御も分かるエンジニアは、貴重な存在で、両方の技術を生かして仕事ができる産業設備の会社に再就職できました。
たまたまその会社が金属の表面処理装置のメーカーで私がめっきの業界に一歩足を踏み出した瞬間でした。
機械技術者は一般に化学が苦手で私も例外ではなく、どうも化学は見えないし、1+1=2が成立しないことがあるなど、機械技術者には理解できないことが多い分野でした。
ところが、こともあろうことか機械、制御がわかる技術社として最初の仕事は、バレルめっき装置のクレーム処理でした。
北陸のめっき会社へ納入したバレルめっき装置の「整流器容量が足りない」というクレームでしたが、めっきのことは何も分からなかったので、上野駅の近くで、メッキに関する書物を三冊買いこみ、7時間もかかる電車の中でこれを読みながら乗り込みました。
私はめっきに関しては、本に書いてあることしかわかりませんが、本に書いてあることは当然のように正しいことだけでしたから、相手と話をしていても、私は正しいことしか発言しなかったのです。
めっきの本には、金属イオン濃度を高くすれば、陰極電流効率が高くなり、めっきは速くなるとありますから、その通りのことを先方に話し、しぶしぶながら金属イオン濃度を増やしていただきました。
なんということでしょう、めっきは装置の仕様通りの薄膜が着き、無事、クレーム対応任務を果たしたのです。
このときから私は化学、特に電気化学が計算通りにめっきが着くことに大変興味を持ち、電気化学を信じるようになり、まず不良がでた場合、電気化学を疑うより、装置を疑って不良の原因を追究するようになりました。装置を疑ってめっき不良対策をして行くうち、装置(メンテナンスも含め)が原因のめっき不良が多いことに驚きました。
「めっき不良の80%は装置から」を実例を挙げてお話いたします。
1.めっき工程でラックに掛けた製品が落下しめっき液に溶けめっき不良発生
現象:キャリア装置で、キャリアのスタート/ストップ時の衝撃でラックから製品が落下し、めっき液に溶け込んでめっき不良が発生した。
対策:現場では、製品の落下現象のみを解消するためラックのスプリングを強くし、落下を何とか防いでいました。しかしこの対策ではいずれまた、スプリングが変形し製品が落下するようになりました。落下の原因はキャリアの工藤チェインの伸びで、スタート/ストップ動作時衝撃を発生し、衝撃時にラックから製品がはずれ落下したのですから、キャリアの動作をかいぜんしなければ落下は防ぐことができません。駆動チェインは伸びるものなので、機械的には、チェインを緊張する部品が必ずついていますから、これを調整すれば動作時衝撃はなくなり、製品落下が原因のめっき不良は解消できます。
2.めっき完了の製品に「しみ」が発生。
現象:めっき完了の製品を完成品置き場にストックしておいたら、めっき表面に「しみが発生、原因が分からず困っていた。
対策:原因を特定するため、「しみ」の分析をしたところ、ナトリウムが検出された。見渡したが、近傍には、ナトリウムに関係する薬品はなことが判明。さらに近傍を詳細に調査するとめっき工程の電解脱脂では、苛性ソーダを使用しており、ナトリウムは脱脂のミスとがひさんして完成品エリアに飛んできたことが分かり、脱脂工程の排気を調べたら、排気が十分機能していなかった。さわに工場の空調の流れがf、脱脂工程から完成品置き場方向に流れていることも分かり、排気の調整と空調の流れを、ビニールカーテンで仕切るなど対策し、「しみ」の発生をなくすことが出来た。
3.異物付着
現象:LED銀めっき装置の銀めっき工程で異物付着の不具合発生。分析したところ、Agが検出された。めっき表面に異物のようにAgが付着していた。
対策:液分析など調査の結果、銀めっき管理槽の液中にAg極微細粒が浮遊していることが分かった。装置の構成を確認したところ、管理槽ろ過システムが管理槽部で、常時循環ろ過をしていたが、このシステムは運転終了後も常時ろ過できる利点はあるものの管理槽内に駅の滞留部分ができることもあるので、吸引・吐出の配管位置に注意が必要です。めっき液吹き上げポンプの吐出側にフィルタを配置し、めっき処理部にはろ過後の液が循環するようにフィルタシステム変更したところ、Ag微細粒の付着はなくなった。
この三例、不良発生の本の一部ですが、明らかに、装置が原因の不良発生でした。不良発生時現場ではいろいろ手当てをしても解決しないので、私の出番になるわけで、現場に行き担当者とどんな対策をしていたのか確認するとそのほとんどは処理条件の確認をして異常は認められなかったと回答をします。例1のように、キャリアの動作がめっき不良に関係しているという発想がなければ、装置の点検はしません。例2では、まさか排気の不具合が「しみ」発生に、例3ではフィルタシステムが不良の発生に関係しているなんてめっき現場では考えられないことだったのです。
この三例は、もう少し機械・装置のことを知っていれば容易に見つけられる装置の不具合です。なぜこのようなことが起こるのか考えてみました。
めっき現場では、装置メーカーに設計・製作を依頼して、装置が設置された後は、不具合があれば、メーカーに連絡し修理をしてもらうのが通常でした。ところが装置メーカーは私がクレーム処理に出かけた時もそうでしたが、まずめっき処理の薬品に不具合がないか探します。
めっきを技能から、技術に変えていった先輩たちは数値でめっきを管理することを考え私たちに残してくれました。また、機械・装置は使えば必ず摩耗そ消耗し痛んでいきますが、化学は途中で消耗薬品を加えることで、機能をもとに戻すという、われわれ機械屋には到底考えられないような管理方法を作ってきました。これは、処理の薬品では、もともとの機能を保持することができていることになります。
前述した三つの例でも分かるようにめっき不良もよくよくげんばで現象を観察すると装置が原因で、薬品が変化しめっき不良につながる例数多く見つかります。紙面の関係で三例しかお伝え出来ませんでしたが私の経験ではめっき不良の70~80%は装置が原因で、機械・装置の不具合を修復することで、めっき不良を解消することができています。
めっき装置と一言で言っても、キャリア式には門型、天井走行型、片持型、連続式には、リードフレームのようなローラーコンベア式、外装めっきの金属ベルトコンベア式、PCBで見らえる、ジグ連続搬送式、リールトゥリームではICリードフレーム、コネクタ、LEDリードフレーム、FPCBのロールトゥロールなど連続した製品のめっき装置と本当に種類が多く、めっき現場ではこれらを使いこなしてゆかなければなりません。めっき装置に限らず、良い装置というのは、現場で使う人たちが決めるものです。現場では、使い易い、故障が少ない、仕様通りに稼働するなどが基準になりますが、もうひとつ、メンテナンスのし易さが重要な判断の基準になります。しかし、いくらメンテナンスのし易い装置でも、前述の例のように、チェインが伸びてもメンテナンスをしなければめっき不良の要因になります。
また、メンテナンスをするための、工具類が錆びていて使えなかったりしていたら、その現場では機械・装置の機構・構造を知り、機械・装置の基本を理解していたらめっき現場での不良対策はもっと適切に行われるようになると考えています。