ヒトのヒトによるヒトのためのICT

関東学院大学材料・表面工学研究所
盧(ノ) 柱亨(ジュヒョン)

《 ヒトのヒトによるヒトのためのICT 》
Government of the people, by the people, for the people は、1863年、アメリカ南北戦争の激戦地となったゲティスバーグで戦没者を祀った国立墓地の開所式でリンカーン大統領が272語、3分足らずの演説の中で民主主義の本質を語った有名な言葉である。
この言葉を借りると、近年、急激に変化していくICT(情報通信技術:Information and Communication Technology)の活用から期待される未来を描くことが出来るのではないかと思う。即ち、ICTを積極的に活用することによって、ヒトのヒトによるヒトのための医療、介護・福祉、教育などの公共分野のみならず、ヒトの生活をより豊かに出来る「ものづくり技術」への貢献が期待される。
《 ヒトの五感を凌ぐICTの発展 Ⅰ 》
最近、ウェアラブル機器という言葉をよく耳にするようになった。しかし、その始まりは、万歩計からではないかと思う。運動不足になりがちの現代人の日常において、万歩計を身に着けて一日中の歩数を測り、健康管理をするのも「ヒトのため」のことである。最近、急激に普及が始まったスマートフォンは、持ち運べるモバイル電話機に小さいパソコンが付いているものと考えれば良い。その付加機能として「スマートバンド」や「スマートウォッチ」など、万歩計の機能はもちろんのこと、内蔵された様々なセンサーにより、心拍数、血圧、睡眠管理などが出来るものが続々登場するようになった。このように簡便に身に着けることをウェアラブル機器と称している。
しかし、現在のスマートフォンに次ぐ新市場として、注目しなければならないのが「ウェアラブルコンピュータ」の分野であり、その火付け役となっているのは、グーグルが開発した「Google Glass(グーグル・グラス)」と言うハイテク・メガネである。
その仕様は、メガネに、超小型のディスプレイ、カメラ、骨伝導方式の音声装置、データ保存用メモリー、無線機能などが組み込まれたモジュールが装着されている。ユーザーは、このメガネに音で指示をすると、自分が見ている風景をビデオで撮影したり、メガネのディスプレイ上に様々な情報を映し出したりすることができる。
このようなことは、007やスターウォーズなどの映画の世界だけで可能なことと考えていたが、「ヒトによる」熱心な研究開発の成果で徐々に現実化されている。しかし、いま発売されている製品は、ウェアラブル・コンピュータが実現できることの序章に過ぎず、将来的には、人間とコンピュータとが深く融合することで、身体の障害を克服したり、脳の働きをアシストしたりするようなことまで実現出来るのであろう。
《 ヒトの五感を凌ぐICTの発展 Ⅱ 》
日経エレクトロニクス・2014年5月12日号の特集は「ヒトより見える眼、クルマから広がる」であり、今日のICTがヒトのためにどのように発展してきたのかとこれから追及するべき道を垣間見ることができた。
簡易な人感センサーや軍事用カメラなどに用途が限られていた赤外線センサーは、社会インフラや民生機器などへ応用範囲が広がっているが、これから大きく変わり、車載向けのナイトビジョン(Night Vision)が牽引する「第2幕」に入ると予想されている。赤外線は赤色よりも波長が長く、人間の目では見ることができない光であり、波長によって、「近赤外線」「中赤外線」「遠赤外線」の3種類に大別される。それぞれの赤外線が持つ特性を利用して目的とする機能を引き出し、更にこれらの機能を融合させることによって、ヒトより見える眼を持たせる。その眼で暗闇にいる歩行者や動物を映し出し運転者の視覚を補助するナイトビジョンは、現在、一部の高級車に限られるが、2016年欧州のクルマの安全評価機関であるEuro NCAPの評価項目として追加され、アメリカのNCAPや日本のJNCAPも導入を急ぐなど、横滑り防止装置やブレーキアシストなどのように急激に標準装備化が進むようになると予想される。
また、暗闇の中、前方にあるヒトや動物を赤外線カメラが映像として認識することだけではなくセンサーとの融合により、より高性能、高信頼性のナイトビジョン・システム開発に繋がり、将来的にはクルマの自律走行(自動運転)システムの進化にも拍車をかけると思う。即ち、ナイトビジョンから得られた信号は、クルマの神経網であるCAN (Controller Area Network) バスを通して、ECU (Electronic Control Unit)送られると、他のセンサーなどから送られた信号を総合・判断し、車の安全や自動運転も可能とする。
しかし、このように素晴らしいものが開発されたとしても普及を促すためには、規格の標準化とコストを下げるとともに省エネ性能までにもICTの応用範囲を広げなければならない。
 さらに、ICT応用機器が増えることにより、ヒトの五感を代わるセンサーやウェアラブル・コンピュータから収集・蓄積できる情報は、膨大な量のデータ(ビッグデータ)として綿密に分析することで、ヒトの行動予測やマーケティングにも応用し、ヒトのためのICT機器が普及した近未来がどうなるのかを考えていくことも大事であろう。