これでいいのか就職活動 ―人のゆく裏に道あり花の山―

関東学院大学材料・表面工学研究所
本間 英夫

 例年大学生の就職活動は、彼らが3年の終わりころから就職説明会との名のもとに実質的にスタートしているようだが、面接などの選考は4年生の6月1日に解禁され、本格化する。特に景気の回復と人手不足を背景にして、いわゆる「売り手市場」が続く中、学生の大企業志向が強まっていると新聞の電子版で知った。
 新聞は自宅で日経、日経産業、読売を定期購読しているが、最近意図的に新聞は見ないでインターネットの情報とテレビの報道だけで情報に遅れを取るか、あるいはどれくらい人並みに通用するのかこの半年くらい試してみている。
 結論から言うと高度情報社会では新聞を毎日見なくても、後れを取らないが物事を深く考える習慣が欠如してくるし、世間一般に新聞離れ、書物離れの加速化が進行する中で、特に若者の人間的な成長においてこれでいいのかと心配になる。
 このような危惧はあるが、テンポの速い世の中で、最近ではさらに音声入力の精度も上がっており、インターネットを検索していると従業員5000人以上の大企業を目指す大学生・大学院生は18年卒と比べ約12%増の13万8800人。採用枠は約5%増の5万1400人で、希望者1人当たりの求人数を示す求人倍率は0・37倍にとどまっており採用が大きく増えているわけではないとの情報。いつの時代も大企業は狭き門である。一方、従業員300人未満の中小企業では、希望者数が求人数を大きく下回り19年卒の求人数46万2900人に対し、希望者数は約1割の4万6700人。中小企業が敬遠される背景には大手と比べて待遇面が劣っているイメージがあるという。表面処理関連企業はほとんどが中小企業であり、経営者は痛いほどわかっているがこのイメージを払しょくするように努めねばならない。
 というわけで一般的な傾向として大企業志向が依然として強いなかで、学生諸君は6月解禁と共にリクルートスタイルで毎日説明会に参加し、本来身につけねばならない研究をベースにした勉学を犠牲にしている。またほとんどの教員もそれを是としている、果たしてこれでいいのか。これまでもこの種のことに反論し、50年にわたり教員生活してきた中で、いつも学生には必ずしも大企業がいいとは言えないぞと、本来は株式取引の用語でたとえが良くないかもしれないが「人のゆく裏に道あり花の山」と言い続け、本人の向き不向き潜在的な可能性をベースにいくつか紹介し、企業と緊密に連絡し採用していただくようにしてきた。
 これまで巣立っていったOBは大雑把に言って学部卒が300名、マスター修了生100名、ドクター取得者25名くらいであり、大企業10%、中小企業90%の比率でみんなそれぞれキーマンとなり活躍している。このようにできるようになってきた背景には、常に基礎、応用、実用化に至る研究を徹底して実行してきた。したがって、われわれの下を巣立って行った学生のほとんどは、表面処理に関しては基礎から実用化に至る豊富な経験と知識を持っていると自負している。
《 実績中心主義の弊害 》
 学生を育てる上において大学教員の質が問題視されている。それは大学が教員の採用にあたって試用期間としての任期制が採用されるようになり教育や研究の質的低下を招いている。博士号を取って研究者になる頃は30歳近くになっており、その後の就職先としての教員職のほとんどが任期付きのポスト。 教育力と研究能力をアップさせるために任期制が採用されてきたが、現在30代から40代のポスドクが1万数千人、彼らは研究職、将来的には教授ポストに就きたいと、それには研究業績を積み上げねばと長期の腰を据えた研究よりむしろ短期的研究に集中せざるを得ないので、余裕がなく人間的な温かみがなくなってきているように思える。この傾向が続くと教員の質は低下し教育、研究は衰退していく。また教員の採用にあたっては採用側の教授は自分より優秀の人を採用せず、八掛けの人を採用するので3代続くと能力が半分以下になり、大学発の研究レベルがますます低下するという悪循環に陥る。国立大学の独立法人化と相まって、いずれの大学でも経営上の経済性や効率の追求、特に任期制の導入は日本にはなじめないように思える。ちなみにアメリカの大学教員の採用制度は基本的にテニュアトラックと呼ばれ、終身在職権(テニュア)を取るための道筋(陸上のコースと同じ意味の「トラック」)がある。すなわち、最初の数年間は試用期間で、それで審査に通ると基本的に終身雇用になる。研究費を取ってこなければ居場所がなくなってしまうので、本当に終身雇用かといわれると微妙だが、少なくとも人並みにやっていればクビにはならない。
 日本の任期制は、助教クラスについては期間が短い上に更新なしのものが多く、若者を使い捨てにするシステムになっている。30代くらいでそれなりに頑張っているのに任期が切れそうで、次の行先が決まらず右往左往している人の話はたくさん聞く。 アメリカを真似た「テニュアトラック」が導入されたが、本当に理念まで輸入したかといえばそんなことは全然なく、既存の人事システムに付け加えただけで、不透明、不誠実な運用が行われているという話も漏れ聞こえてくる。また、学会や産業界をけん引するリーダー的な人が最近少ないように感じている。自分たちの実績について多く語ることがあっても、それぞれの集団をけん引していくような人が少ない。いかに短期で成果を出すかという実績中心主義で弊害だと思うが、それでは技術も人材も育たない。今こそ大学と産業界が一体になって真のリーダーたる人材を育成すべきだ。私自身この歳になっても、たまに学会に参加しているが我々の時代よりもディスカッションの機会が少なくなってきているようだ。研究成果などを発表しても出席者が創造的な意見をあまり言わない。昔は議論を深めるための仕掛け人がいた。学会にリーダーシップを持った人が必要だ。学会参加者は自分たちの研究が世の中に役立っているという自負を持ってほしい。それを持ちながら皆で高め合っていく気持ちがないといけない。ただ、リーダー育成には時間がかかる。企業が高度成長期に躍進した背景には、研究開発などで余裕があったからだ。研究開発においては玉石混交の中のキラリと輝く「玉」を発見できるセンスを持った人にリーダーの資質がある。そのような人材は一企業だけで育てるのではなく、産業界全体で育てていくべきである。そのような環境を整備することが産業界の潜在能力向上につながる。

《 コンソーシアム活用 》
 大学の果たす役割も重要だ。産学連携を手がけている大学では企業と共同研究する際に機密保持契約を結ぶことが数多くある。ただ、この方法は1社単独の産学連携にとどまってしまい、産業界への波及効果は限られてしまう。そこで関東学院大学材料・表面工学研究所では多くの企業が参加できるコンソーシアムを構築し、大学のシーズを参加企業に活用してもらう機会を設けている。
 現在、本学が出願した特許件数は約150件ある。コンソーシアムの参加企業は特許使用料を支払わず利用できる。この方法だと利益相反が起こりにくい。その代わり企業には特許の年間維持費や次代の人材を育てるための奨学金を寄付という形でお願いしている。こうした仕組みを整えることで、コンソーシアム参加者の中から産業界や学会の将来を担うリーダーが出てくるであろう。
 私が考えるリーダーは先見性があり判断のスピードが速く、鋭い感性を持った人物だ。プラス思考であることも求められる。部下の研究や事業を「そんなものダメだ」と即否定するのではなく、研究や事業の芽を「引き出す」ことがリーダーの役割と言える。一貫してぶれない姿勢や思想も必要だ。私も50年以上にわたり機能性創製を目的としためっきの研究関係に携わってきた。日本がモノづくり大国として存続するためにイノベーションを引き出す技術者の環境を社会全体で作っていくことが望まれる。

《 研究所の講座で技術者の養成を 》
 めっき大全というタイトルの参考書を昨年の6月に日刊工業から発刊したが、その2か月後には重版が決まり現在まで3重版まで版を重ねた。関心を集めている要因はどこにあるのか。
 それはめっきは日用品からエレクトロニクス、自動車、航空機、宇宙産業、医療、ハイテク機器まであらゆる分野に応用されている。特に1960年代初めにプラスチックへのめっき技術が確立されたことで、エレクトロニクス、自動車産業を中心に大きな技術変革を迎え、パソコンやスマートフォンなどの今日のハイテク産業へとつながっている。発売から1年も経ないうちに3回の重版となったのも、要素技術としてあらゆる産業で使われているめっきのすそ野の広さが、関心を集めたのではないかと考えている。
 めっきに関連した書籍はこれまでもあったが従来との違いはどこにあるのだろうか
 本書は既にめっきの基礎知識を習得し、さらなるステップアップを目指そうとする方々を対象にまとめている。具体的にはめっきの用途、役割、原理などの基礎技術から、電気めっきや無電解めっき、めっき皮膜による機能性では従来の専門書にはない新たな応用例を網羅するなど、先端技術まで体系的に取り上げているからであろう。
 最近の技術では、例えば自動車の運転支援システム。車や歩行者を検知するための車載用センサーとして、ミリ波レーダーが使われている。このレーダーは車体正面のエンブレムの内側に設置されるケースが多く、エンブレムには電波の透過性が求められていた。本書ではめっき法による電波透過性と金属意匠を併せ持つ金属膜を成膜する手法を解説。市場の拡大が見込まれるミリ波レーダー搭載車のエンブレムの電磁波透過膜を、低コストで効率的に成膜する技術なども紹介している。
 本書は関東学院大学材料・表面工学研究所に関わる多くの執筆者で構成されている。
 関東学院大は表面工学の一部であるめっき技術の研究開発を長年手がけ、私の指導教授であった中村先生が62年に世界に先駆けてプラスチックめっきの工業化に成功した。その後私も研究開発に参画し、車部品やプリント基板、同基板におけるスルーホールめっき、半導体の金属配線などへ技術を発展させてきた。またドライやウェットの表面処理だけでなく、研究所の名前に“材料”がついているようにいろいろな材料にも展開しており、最近では機能食品なども手がけている。本書では研究所の取り組みを背景に幅広い技術を取り上げており、めっきの専門書としての1つの特徴になっている。