材料・表面工学研究所 入所の心構え

関東学院大学材料・表面工学研究所
顧問・特別栄誉教授 本間 英夫

 新年度を迎え、材料・表面工学研究所にも新しい所員の方々が入所しました。
そこで、20年前の雑感シリーズ4月号の「研究室に入るにあたって」と題した記事が今も通用するので少しアレンジして再録しました。
また、雑感シリーズをお読みの企業の皆様方には、この心構えが、新入社員教育にも通ずることがあると思いますので、ご参考にしていただければ幸いです。

 諸君はこの4月から材料・表面工学研究所の一員になるわけですが、研究所のルール、カラーについて、以下に述べます。
 大学の三年間、生活のリズムが大幅に狂っていた学生が多いと思います。早く、研究室のリズムに合わせるようにすること。
朝は9時半から1時間程度、英語の輪講会を行います。国際化の中で、益々英語は国際語として重要になってきました。英語の能力を向上させるには、毎日の訓練が大切ですから、挫折せずに最後までやり通すように。実際の指導は、スタッフの先生と院生があたります。従って、実験は10時半から開始することになりますので、輪講会の前に実験の段取りをしておくように。いかに効率よく、無駄を省いて、研究に着手するか、要領よくプラニングをすることが大切です。
実験の終了は、その実験の進捗状況によりますが、5時または6時頃に終了するように。マスター及びドクターの学生は、時には10時過ぎまで研究室にいます。彼らは既に目的意識がしっかりしていますし、研究を義務感からでなく、楽しく充実感をもって行動しているからです。又、彼らは、研究の成果をいち早くまとめ学会で発表したり、学会誌に投稿しますので、その為に遅くまで残っていることが多いわけです。
 使用薬品の性質をよく理解してください。薬品による事故が起きています。
以前に、高濃度の水酸化ナトリウムが、本人のケアレスミスから、目に入ってしまったことがありました。私がアドバイザーキャンプで新入生と共に一泊で出かけており、ミーティングをしているときに、大学から電話があり、救急車で病院に運ばれたとの第一報が入りました。
 そのときは、瞬間的に本人は失明間違いなしで、私自身の責任、進退、保証について覚悟を決めました。勿論、学生全てが、強制保険に加入してはいますが、それだけで済むものではありません。本人に全面的なミスがあったとしても、当然、私の管理不行き届きは免れません。
数十分後に第2報が入り、大事には至らず、本人は研究室に戻ったとのことでした。本人は、幸運にもコンタクトレンズをしていたからでした。
 私は、毎年新しい卒研生を迎えたときの第一声は、実験を行うときは保護眼鏡を付けるようにと、言ってきました。実験を行うにあたっては、薬品の性質、反応性を理解し、慎重に扱うよう。諸君も徐々に実験になれてくると、そこに事故につながる落とし穴があります。あくまでも慎重に、しかし大胆に実験を進めるようにして下さい。薬品を怖がって扱っていると、危険度が上がってしまいます。
 実験中の事故に関しては、この他に、硫酸や硝酸による火傷、エーテルなど揮発性の高い有機物質の爆発やそれによる火傷、その他本学または他大学で発生した例が幾つかありますので、いずれこれらの例については話します。
 卒研生、大学院生とも、極力徹夜をすることは禁じています。徹夜で実験すると、研究が進んだと錯覚しますが、翌日に疲労が蓄積し、結果的には効果は上がりませんし、危険度も増大します。研究は、マラソンレースと同じで、焦っては良い結果をもたらしません。
 実験には失敗はありません。そこにはその条件での結果が得られているのですから。失敗と思った結果から、思いもかけない新しい発見につながることが度々あります(セレンディピィティ)。諸君は、はじめから、自分の考えに基づいて、研究の方針を立てることは出来ません。アイデアも知識がなければ出るものではありません。はじめは、先輩のまとめた卒業研究や修士論文、博士論文、既に本研究室で外部に公表した論文、または、国内外の論文を参考にして、大学院生の指示に従って、研究を進めることになります。理解が進むにつれて、自分のアイデアをどんどん入れて研究を進めて下さい。それには常に目的意識を高くして、自分の行った実験について、同僚をはじめ先輩と討論したり、論文をよく読む習慣をつける必要があります。進捗報告会として週間報告、月間報告、春夏秋冬の報告をすることにしたいと思っています。
 「下手な考え休みに似たり」といいますが、実験の計画を綿密に練ることに時間を割いてばかりいて、いざ実験となると、その計画に振り回され、臨機応変な判断が出来なくなる人がいます。
私の信条は、アイデアが出たり、とっさにひらめいたら、先ず実験をやってみる。その時の現象をじっくり観察する。考えてばかりいても前には進みません。
  “Do and see ,don't think too much!”
 私を含め大学院の学生や諸君と論議していて、アイデアが浮かんだ時や外部からの依頼で、緊急にやらねばならないことがしばしばあります。極力、率先して手伝うようにして下さい。何にでも興味を持つことによって、知識が増え、発想も豊かになってきます。
 週間及び月間報告を行いますが、私を最近多忙で、毎回これらの報告会に、参加できないことがあると思います。しかし、スタッフの先生や大学院の学生が音頭をとって、必ず、このペースを守るようにして下さい。はじめは若干、きついかも知れませんが、これは研究を進める上で良い習慣ですので、途中で挫折すること無しに、このペースを守りましょう。又、同僚及び先輩とのディスカッションは、研究室のポテンシアルアップにつながります。そのときは、上下関係を意識しないで、皆平等にフランクに意見を交わすように。
 直接諸君に実験の進捗状況を聞くことがありますが、数分で簡単に答えられるように、これも訓練です。自分のやっていることを、簡潔に要領よく答える訓練になります。
ディスカッションを行えるようになるには、先ず知識を深め広げる必要があります。今まで多用してきた学生用語に決別し、テクニカルタームを、文献から、専門書からマスターし、どんどん会話のなかで使っていくようにして下さい。
 諸君のこれから行う研究は、これまでの実験と全く異なり、研究室で行われてきた多くの実績成果の上に成り立っています。人によっては、これからの一年の研究で、その成果が学会に発表され、又論文にする場合もあります。しかし、これは既に諸君の先輩達が、基礎を築いてきたから出来るので、一般に、数年から5年くらいの長い期間、地道に実験を積み上げてきたからこそ、そこまで完成できたのです。一年で簡単に成果が出るものではありません。
 常に研究に対する心構えが出来ていますと、私がこれまで講義でよく言ってきた、偶然にあっと思うことに遭遇するチャンスが増えるでしょう。それは当人は自覚していなくても、私や先輩達が実験の中から見いだしてくれることが多いでしょう。勿論、諸君自らそのようなセンスが出ることを期待しています。
 正直言って、一年間では、研究の成果をまとめるのは至難の技でしょう。この一年間は研究の心を知ることだと、気楽な気持ちで着手しましょう。殆どの諸君は、将来研究職というよりも、もう少し広くとらえて、技術職に就くことになると思います。一年間の研究生活を通じて、工学的なものの考え方を知ることになります。営業職についてもこの考え方が必要です。
 実験ノートは必ずとるように!!!
 まとめは可能な限り一週間に一度はパソコンで整理しておくこと。これからは、毎月中間報告会を行います。又、他大学との研究交流会や、企業の技術者に集まってもらって、報告会もします。毎回まとめておくと、最後の卒論の作製が容易になります。
 研究室に、多くの企業の方々が見学にこられます。明るく挨拶をするように。他の研究室の先生方に対しても挨拶を忘れないように。
 企業及び公的研究機関との共同研究や委託研究を、幾つか行っており、そのテーマを諸君が担当します。なるべく均等にやってもらうように、配慮していますが、内容が基本的なものなら、応用的なものまであります。若干、人によっては負荷が異なると思います。
いずれにしても、打ち合わせのときに、私の部屋にきて説明をしてもらいます。これは諸君にとっては、極めて良い訓練になります。できる限り実験の内容を理解し、簡潔に説明できるようにして下さい。はじめは緊張しますが、一年間、経験を積むことによって見違えるように表現力が豊かになります。
とにかく、卒研を通じて、何でも興味を持つように。私や先輩たちが忙しく、諸君にいろいろ手伝いをしてもらうことがありますが、手伝うことによって、いろんなことが解り、一年間で大変な量の知識が蓄積されることになります。
 研究室内での喫煙は、禁止にしています。既にアメリカでは、たばこ産業界が、たばこの発ガン性を認め、売上利益の20%をガンの治療費に充てることを了承しています。喫煙している人は、なるべくこの悪い習慣をやめるように努力して下さい。体には何も良いことがありません。唯一アルツハイマーに効果があるそうです。アメリカでは、喫煙者は自己をコントロールできない人であると評価が低くなるようになっています。
 また、食事の後の糖分の多い飲み物は摂らない方が良いと思います。酸性体質になり、全く良いことはありません。食事は栄養価に留意し、規則正しいリズムのある研究生活を送って下さい。遊ぶときは大いに遊んで下さい。明日の活力が出るような遊びをやって下さい。遊びは再生産です(recreation)。ただし、娯楽産業に遊ばれないように。ほとんどの人は遊ばれています。ずるずる怠惰な日々を送らないように、充実した毎日を送るよう心掛けてください。
 私は、かなりきつく、生活面や道徳面について注意をしますが、社会に出たら、あまり同僚や上司から、仕事以外では注意をしてもらえません。はじめは諸君の気分を害することになると思いますが、教員と学生、いや本学の先輩と後輩の関係だから、きついことも本音で、ずばずば言えるのです。素直に受け取って下さい。
私は、愛情と情熱を持って、諸君の指導にあたるつもりです。あまりにも単刀直入に諸君に言いますので、誤解されやすいのですが、そんな時、不満がある時、思い切って私に直接話して下さい。
 就職活動は、自分で積極的に動いてもいいですが、今までの経験から、あまり成果が出ないと思います。自信のある人は、自分でどんどん挑戦することも大切です。私がしばらくして諸君の希望を聞きます。
就職協定が廃止されたことは、諸君にとっても、企業にとっても、我々にとっても、良い策ではなかったのではないだろうかと思います。なぜならば、諸君の適正、能力、分野など、判断できるのは10月くらいでしょう。
現実はかなり早い時期に決めねばならないので、諸君の希望を4月から5月にかけて聞きます。また、大学院でさらに、もう少し自分のスキルを磨きたいと思っている人は、先輩の意見も参考にして、5月中に、ある程度決めるようにして下さい。