増子 曻先生を偲んで
材料・表面工学研究所
所長 高井 治
増子 曻先生(東京大学名誉教授)は,2019年9月23日に,満84歳で御逝去されました.当研究所および理工学部においては,大変お世話になりました.長らくの御貢献に心より御礼申し上げます.
2012年度より5年間続いた文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業『湿式・自己組織化手法による高度に制御された表面ナノ・マイクロ構造の創製技術とスマート化・実装』においては,外部評価委員を務められ,貴重な評価を下さいました.また,関連する国際シンポジウム“International Symposium on Highly-Controlled Nano- and Micro-Scale Functional Surface Structures for Frontier Smart Materials”およびMSST(International Symposium on Materials Science and Surface Technology)には毎回御参加いただき,講評をいただきました.本間英夫先生の退職記念講演会,当所主催の講演会,博士学位論文公開説明会にも御参加いただき,楽しいお話しをしていただきました.私が委員長を務める日本学術振興会水の先進理工学第183委員会においては,顧問として定例の研究会には必ず御出席いただき,ウイットに富んだお話しをしていただきました.このように,増子先生は,広範な分野の学問知識,探求力および好奇心にあふれ,物事の基礎から判断することの重要性を指摘してきました.温故知新を掲げ,昔の研究から学ぶこと,その研究分野が形成されてきた歴史を自分でまとめ,考えることの重要性も述べられました.
増子先生は,当研究所については,本間英夫というウエット分野の,また高井 治というドライ分野の日本の両巨頭(狂頭?)がいるので頼もしいといったようなことを述べられ,褒め殺しに近い言葉で,冷や汗をかかされたことも良い思い出です.
増子先生と私の出会いは,1973年に遡ります.約50年前になります.私が,1973年4月に東京大学大学院工学系研究科博士課程金属工学専門課程に入学し,金属表面工学講座の久松敬弘教授と金属物性工学講座の堂山昌夫助教授の両先生が指導教授になった際,金属表面工学講座の助教授が増子先生でありました.身体が縦・横に大きく,声も大きな先生というのが第一印象でありました.声の大きいのは難聴のためというのは後年知りました.増子先生は,非鉄金属精錬を専門にされ,化学熱力学,電位-pH図などを駆使した研究を行い,さらに金属の腐食,表面処理に関する研究を行いました.増子先生が良く話された明治時代の帝国大学創成期の採鉱冶金学科クルト・ネットー(Curt Netto)先生の学問を受け継いでおりました.ネットー先生の『涅氏冶金学』についても学ばれていました.私が1976年3月に上記課程を修了し,4月から日本学術振興会の奨励研究員として研究していた際,増子先生は,東京大学生産技術研究所に教授として異動されました.このお陰で,私は,助教授枠を使い,金属表面工学講座の助手として採用されました.増子先生の異動がなければ,大学の助手として働く機会がなかったかと思います.さらに,久松先生が定年退官された後は,金属表面工学講座の教授を後藤佐吉先生,ついで増子先生が兼任され,増子先生にお会いする機会も増えました.増子先生からは,高井君は金属表面技術協会を盛り立ててくれとの要請もありました.この金属表面工学講座は,古くは湯川秀樹先生の兄の小川芳樹先生が担当され,小川先生が使われた机を,当時使わせてもらっていました.この講座は,現在の表面技術協会と腐食防食学会の創立に深くかかわっており,この伝統があったことにもよります.このように,増子先生は,私が金属表面技術協会(現,表面技術協会)と深くかかわるきっかけを作ってくれました.深謝いたしております.
日本表面処理機材工業会は,雑誌『機材工』の秋季号別冊(2020年10月)として,『増子 曻 遺稿集』を刊行しました.本誌は,増子先生が『機材工』誌に書かれた36編をまとめており,極めて貴重な冊子となっています.この遺稿集を刊行された日本表面処理機材工業会および関係者に感謝いたします.
遺稿集はA4判208ページからなるが,非売品のため,ここで原稿の題目を紹介します.
1.《工学教養(テクノリテラシー)のすすめ》物質の3原則(第1回)
2.《工学教養(テクノリテラシー)のすすめ》第2回 桁違いの話
3.《工学教養(テクノリテラシー)のすすめ》第3回 魔術思考とその検証
4.《工学教養(テクノリテラシー)のすすめ》第4回 エネルギー技術
5.《工学教養(テクノリテラシー)のすすめ》第5回 アブダクション
6.《工学教養(テクノリテラシー)のすすめ》番外編 技術心得と文学見立て
7.《工学教養(テクノリテラシー)のすすめ》番外編 類似性と隣接性
8.《工学教養(テクノリテラシー)のすすめ》番外編 労働・仕事・活動
9.《工学教養(テクノリテラシー)のすすめ》番外編 ルーツ・ルーツ・ルーツ
10.《工学教養(テクノリテラシー)のすすめ》番外編 有限のパラダイム
11.《随想:電気化学のルール》 電気化学反応装置
12.日本の科学は「ゆりかごの記憶」を持っていない
13.《電気化学ノート‐1》 二次電池の電気化学
14.《電気化学ノート‐2》 一般電気化学の試み
15.低炭素社会と素材産業
16.エネルギー資源とメタル資源
17.核反応と化学反応の違い
18.技術の源流
19.失敗学の限界
20.酸化物とそのモル体積
21.リスクと安全
22.サイエンスのゆりかご
23.金属素材の生産動向
24.「広辞苑」への註文
25.魔術思考
26.「バカの壁」再考
27.エンジニアリングと科学
28.再生可能エネルギー
29.製鉄・製鋼の産業革命遺産
30.イオン交換膜法食塩電解
31.日本における金属生産の歴史と比価学
32.現代文明はヤマト民族の文化を越えた
33.「塗装された鉄」がイノベーションを支える
34.アルミニウム精錬あれこれ
35.回文,小咄,戯れ言
36.AI(人工知能)はSFか,TFか,はたまたIFか.
以上,2005年から2018年の原稿であります.
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