これからの高分子合成~精密重合
関東学院大学 教授
関東学院大学 材料・表面工学研究所 所長
香 西 博 明
2026年(令和8年)、新しい年の幕開けです。今年はどんな年になるのか。新年を迎え、思いをめぐらせている人は多いだろう。皆様にとって、幸いと実りの大きい年になりますことをお祈りしています。
それでは、新たな年を迎えるにあたって、高分子研究を通して、これからの高分子合成についてお話をさせて頂ければと存じます。
「精密重合」という言葉が登場してからすでに半世紀以上が経過した。この節目の年に、筆者が関わってきた精密重合のこれまでを振り返り、今後はどこに向かっていくのかを考えてみたい。20世紀前半にはビニル化合物のおもにラジカル重合が開始、生長、連鎖移動、停止の素反応からなる連鎖重合であることが確立されていたが、精密な制御は達成されていなかった。ところが、1950年代後半、M. Szwarc教授がスチレンのリビングアニオン重合の発見に端を発し、重合反応の生長末端を制御することで、分子量・分子量分布・立体規則性・共重合組成などの精密制御が可能になることが明らかになった。それは高分子合成を「技術」から「設計」へと昇華させる画期的な進展であり、高分子科学の新たな扉を開いた。
当時は、生長末端の反応性や不安定性などからカチオン重合やラジカル重合では、連鎖移動や停止反応のないリビング重合は不可能と思われていたが、生長・停止を巧みに操り、1980~1990年代にかけて、リビングカチオン重合、リビングラジカル重合や金属触媒を用いた重合系(例えばメタロセン触媒によるオレフィン重合、遷移金属を用いた開環重合)などが相次いで開発され、精密重合の概念はラジカル系、カチオン系、アニオン系、錯体(配位、開環メタセシス)系とあらゆる重合様式に拡張された。近年では、精密重合の進化は、さらなる構造多様性と分子設計自由度の拡張、ならびに使いこなす技術としての高度化に向かっている。これらにより、単に構造を精密に揃えるだけでなく、機能的に意味のある構造を意図的に設計・構築できるようになりつつある。さらに、持続可能性や環境調和といった社会的要請の高まりに応えるかたちで、分解性の設計、循環性の確保といった観点からの重合反応の見直しも進んでいる。たとえば、再生可能資源を出発原料とするモノマー設計、分解性をあらかじめ分子設計に組み込む戦略、リサイクル可能な動的共有結合の導入などが精密重合の新たな文脈として注目されている。また、計算科学やAIの導入によって、重合条件・分子設計の最適化がデータ駆動的に進められるようになりつつある。
今日、精密重合は学術研究の枠を超え、医薬品キャリアとしての高分子ミセルやドラッグデリバリーシステム、バイオデバイス用の高機能ポリマー、生分解性プラスチック、エネルギーデバイス材料(リチウムイオン電池、燃料電池、太陽電池など)といった先端応用において、高分子の「構造」と「機能」はきわめて密接に関係しており、その両者を橋渡しする技術こそが精密重合である。振り返れば、精密重合は常に「制御」と「創造」の間を往復しながら発展してきた。分子構造の精密な制御が、思いもよらぬ新機能や新現象の創出につながり、そして新たな応用展開を生む。その意味で、精密重合とは単なる合成技術ではなく、分子を媒体とした探求と発見の宝箱と言えるだろう。これからも独自の重合法、創意に富むモノマー設計、応用を見据えた機能開拓など、それぞれの視点から精密重合や高分子合成、高分子材料の最先端研究が継続されることだろう。そして、これからの高分子合成が、どのような社会価値や科学的意義をもたらしていくのか、今後ますます注目が集まることを期待している。そして、高分子の力で未来を元気にしたいと強く願っている。
最後に、この1年が良い年であることを祈りつつ、どうぞ本年も材料・表面工学研究所共々、皆様のご支援、ご協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
そして、私、所長を仰せつかって早や2年半が過ぎました。多くの方に支えられ、そのおかげで無事に3月31日を以って退任することができます。研究所の皆様全員に、深い感謝の意を表して、退任の挨拶とさせて頂きます。ありがとうございました。
今回、久しぶりに雑感シリーズを執筆させていただきましたが、2026年3月発刊予定の関東学院大学工学総合研究所報(第54号)の発刊によせてとほぼ同じ内容であります。

