年頭に当たって

関東学院大学
本間 英夫

『EVER ONWARD』と一心不乱に走ってきましたが、そろそろギアチェンジの歳になりました。正直、六十数年、光陰矢のごとし、中学生の頃だったと思うがこの標語が目に留まり、これが自分の生き方と、過去に余りこだわらないで常に前を向き、がむしゃらにやってきた。

60を過ぎてからもエネルギッシュですね、若いですね、どこからそのエネルギーが出てくるの?としばしば言われてきたが、そろそろ自重しギアを落とし、違った角度からのアプローチをする時期かもしれない。

大学の研究室と2年半前に設立した研究所は、有機的に連繋し、持続力、創造力、発想力、語学力に自信の持てる学生を育てる環境は整いつつある。

研究所には週のうち2回は出かけるようにしている。学生達には、これらの「力」をつけるようにいろいろ試している。特に語学力に関しては、研究所での輪講で小生は日本語を使わず全て英語でコミュニケーションを行う。学生諸君には数センテンスを読んでもらい、イントネーションやアクセンチュレーションの修正や内容を説明し1時間余りリーディング、小生がいないときは田代主任研究員とドクターコース2年生の角田君が音頭を取り文献の翻訳をやるようにしている。

『継続は力なり』で、最近ではほとんどの学生は英語が華麗に読めるようになってきたし、翻訳をするスピードも上がってきた。

一方、大学の研究室では、文献を輪講するのではなく、時事英語のCDを聞いてもらってヒアリングの力をつけること、および外人向けの日本語雑誌(英語での翻訳つき)を読むようにしてもらった。

これは一種の実験のようなもので、語学能力はいずれの方法が効率的か試すことにもつながっている。

そこで先日、大学の研究室にほぼ常駐しているマスターコース2年生の学生を、研究所の輪講会に出席させた。その学生は研究室の中では、もっとも英語が苦手で読み方の基礎がわかっていない学生である。

研究所では電気化学と有機化学の分野の雑誌からこれはと思うものを選んで読むようにしている。当日は15名近くいたが、順番に先ず読ませてみた。みんなスムースに新しい文献を読みこなす。本人に順番が廻ってきた。多少緊張していたようだが、支えることなく読みこなした。研究室で毎月用いている時事英語には、学生たちにとっては技術用語とは異なるたくさんの単語が出てくるので読み方は自然に上達したのであろう。

これからは研究室も研究所も技術英語と時事英語をうまく組み合わせて彼らの力を向上させたい。

研究に関しては基礎、応用さらには実用化まで検討できる環境は整ってきている。評価ツールとしては、走査電顕、X線マイクロアナライザー、原子間力顕微鏡、フーリエ変換赤外分光、動的粘弾性計、高速液クロ、QCMを含む電気化学計測システムなど、また本年はさらに大型の評価ツールを2,3導入予定である。

さらには、この1月の初めに大型のUV照射装置を導入し、いよいよ本格的にクロム酸や過マンガン酸を使用しない光触媒によるプラめっきおよび微細配線作成の評価に入る。

研究テーマーとしては1,2年先の目先の実用化に関するテーマー(委託研究の比率が高い)、5年先を見据えた実用化の可能性の高いテーマー、さらには表面工学に関して目先にこだわらず、大学でしか出来ないようなテーマーとバランスよく取り上げている。

学生にはあるテーマーにだけに集中するのではなく、少なくとも短期および長期展望にたった2つのテーマーをこなせるようにしむけている。要は、いくらすばらしい評価道具をそろえたとしても、学生自身が興味と目的意識をしっかりと持って熱く燃えなければなんにもならない。また、委託研究先の企業には、短期的なテーマーより中長期の我々が主体となって研究しているテーマーをサポートしていただくようお願いしている。したがって、トップダウンで「やったか?まだか?」と結果だけを出させるやり方は、過去に「イヤ」というほど自分が経験させられ、教育上一番よくないと思っているので、研究テーマーに関してある程度の方向性は指示するが、ドクターコースの学生は勿論のこと、マスターの2年生を中心にして彼らが後輩とともに楽しく、ワクワクしながら積極的に研究に没頭できるようにガイドし刺激するのが自分の役割と確信している。

日本の製造業の気になること

昨年暮れに、唐津 一著「中国は日本を追い抜けない」が目に留まり、早速インターネットで購入した。日本企業が続々と中国に進出し国内が空洞化するのではないか、やがて日本の製造業は中国に負けてしまうのではないかとの意見の多い中で、著者は製造業の部門では中国には日本は追いつかれないし、空洞化の心配もない。日本の製造業は少なくとも、あと2,30年いや100年は大丈夫だと確信していると説いていた。

各章ともなかなか説得力があった。しかしながら、最近の若手無業者とフリーターの増加傾向から果たしてこのような楽観論で良いのだろうかと諸手を上げて賛同しかねた。

学校に行かず、働きもしない「若年無業者」が急増していることが、厚生労働省が総務省の労働力調査を基に平成14、15年の人数を初めて集計して分かってきた。結果、平成15年には52万人にものぼり、前年より4万人も増加したという。

 若手無業者とは「求職活動していない非労働力人口のうち、15―34歳で、学校を卒業した後、進学や職業訓練をせず結婚もしていない人」と定義されている。またこれをニートともパラサイトシングルとも呼ばれている。このような若年無業者は、仕事になじめなかったり、自信をなくしたり、人間関係につまずいたりするなどで、無気力で働く気持ちを喪失しているのである。

卒研生やマスター2年生にとっては就職先を決めることがなにより優先されるが、我々の研究室ではリクルート活動はほとんどやらない。予約の入っている企業や、年度毎の紹介依頼企業から学生が選ぶ。

しかしながら、ごく一部の大学を除いて、いずれの大学においても学生はリクルート活動を3年生の終わり頃から始めている。文科系でも工科系でも数十回挑戦しても決まらず、結局はアルバイト中心のフリーターや契約社員となり、さらには諦めと挫折感から働く意欲をなくし、無職業者になってしまう学生も多いという。そして、働くことの意味や目的を深刻に考え将来の展望がつかめず、一種のノイローゼ症状になり、結果的に親に寄生するいわゆるパラサイトシングルになってしまう。

若年無業者は100万人ともいわれている。これにフリーターを足すと500万人以上になり労働力や企業、経済活動へじわじわと影響が出てきており、製造業は日本がトップだといえる時代が終焉に向うのではないかと危惧する。担当の教員は、彼らの目線に立って彼らの将来を真剣に考えて、本人が自信を持って巣立つようにしてやる責任がある。

景気回復

景気回復で雇用も好転したと言われているが、コストを削減することで国際競争力を維持するため、人件費の削減からパートや派遣社員など非正社員の雇用に力を入れている。労働者全体に占める非正社員の割合は今や三割を超える。非正社員は一般的には正社員に比べ安い賃金で身分も不安定である。正社員の減少で技術やノウハウの伝承がうまくいかず従来のQC活動が機能せず、不良率は高く、近年特に品質の高い物づくりが中心になってきている流れの中で、深刻な問題となっている。

ある企業では製造が追いつかず24時間体制で臨むようになってきているが、夜勤はほとんどがアルバイトや契約社員中心では不良の山だけを作りかねない。

総務省が五年ごとに実施している「就業構造基本調査」では、二〇〇二年十月時点の正社員(役員を除く)は三千四百五十五万人で、五年前に比べリストラで四百万人減少している。それゆえ、昨年度末ではさらに正社員の数が減少しているのは明らかであろう。結果として当然のことながら、労働者一人当たりの給与総額は三年連続で前年度を下回っている。

 若年層中心のフリーターは、これからの10年のスパンで見ると、果たしてこれから安定した生活を送ることが出来るのか、社会的影響は無視できない。

収入はいまやまさに二極化から三極化、すなわち200万円以下の層、700万円から1千数百万円の層、一億円以上の層。これまでは日本全体が中流意識を持ってそれほど不安や不満がなかった生活環境から、この10年くらいで一挙に生活レベルの格差が出てきた。

野球を初めとしたプロスポーツの契約金のニュースを見ていると、エンタテーメントだからその象徴として年間契約何億円でもいいのだろうが、それに対比して技術者の処遇、インパクトのある技術発明に対する対価が少ないといくつか裁判沙汰、年功序列から成果主義への傾斜…なんか欲望が前面に出て、ぎすぎすした体制になってきたように感ずる。

しかも犯罪や自殺者がじわじわ増加し不安定な社会になりつつあるようで、先行きが不安である。日本のように単一民族国家はこれまでの社会主義的資本主義が良かったのかもしれない。

 未納率が四割近くに達した国民年金。平均年収が200万円以下のフリーターにとって、年間約十六万円の保険料負担は重い。負担が増えることで、未納率がさらに高まり国民年金は破綻の道を辿っているように思える。

雇用や収入など生活が安定しなければ当然結婚は困難だし、子どもも持てない。ますます少子高齢化が進行する。また、賃金の低い非正社員が増えれば、個人消費が伸びず、経済成長への影響も避けられない。

このように給料の二極化、生活の二極化、経済の二極化、政治の二極化、都市と地方の二極化、国の借金が700兆円以上、地方財政の借金をあわせると900兆円以上とも言われている。国民一人当たりに換算すると700万円以上の借金を抱えていることになり、これが全て次世代へ先送りという現実を見ると豊かな国家には程遠い。

戦後60年の年、人間で言えば還暦。再出発の年、思い切った改革元年になってもらいたいものである。

表面工学奨学基金

一昨年の暮れから大学に正式な口座を開いていただいた表面工学奨学基金は皆様のご支援の下に、お陰さまで3000万円以上集まり、大学の管理の下に昨年から大学院生の奨学金として運用させていただいております。OBをはじめご協力いただいた経営者の方々には深く感謝申し上げます。

研究室および研究所の活動状況そのほかの情報に関しては本間研究室のHPをご覧ください。アクセスはきわめて簡単でヤフーなどの検索サイトから本間研究室で入れます。

本年もよろしくお願いします。