本年度のリクルート
関東学院大学
本間 英夫
景気回復および団塊の世代の大量退職に伴って、これまで採用を控えてきていた大手の企業が本年度、軒並み採用を大幅に増やすと報道されていた。したがって、学生は就職活動には苦労しないのだと思っていた。
しかしながら新卒者の採用が大幅に増加したわけではないらしい。採用の形態がかなり変わってきたことが原因のようだ。すなわちバブルの後遺症のようなもので、企業は短期的に利益を上げるためと、大量のリストラ、正社員から派遣社員への転換を余儀なくされた。このことから人件費を削減することによって利益を生み出せる体質になったと経営者は大きな勘違いをしたと思う。
あまりにも近視眼的であり、これまで高い次元にまで技術力や技能を高めてきた正社員がリストラにあい、派遣社員が多くなることによって、特に我々の関連する製造業では不良の山を増産するようになってきている工場が多い。
しかもその不良対策に追われて、数少ない正社員は生活にゆとりがなく、仕事に対する充実感がない。本来は力を持っていても、この荒んだ状況と環境の中では能力を発揮できない。
それにしても、最近の経営者は近視眼的すぎる。村上さんが提起した株主優先の考え方の浸透なのだろうか?
長期的な展望に立って技術に力を入れないとこれでは完全に回復は見込めない。特に、一つの製品寿命が短くなってきているので、技術力を高めておかないと取り残されてしまう。このような事情から企業の採用は新卒だけではなく即戦力になる経験者の採用を通年で行うようになってきた。
我々が直接責任を持ってあたらねばならない新卒者の採用の話題に戻るが、例年、学生が未だ卒研に着手していない3年生の後半あたりからリクルート活動が始まっている。
大学における指導体制をあまり理解しないで、単に早く決めたいと企業が動き回るのは学生に対しても指導する我々に対してもよくない。
最近では企業が新卒者を社内で教育するゆとりはなくなってきているので即戦力になるような学生を望むようになってきた。
本来、工学部を修了する学生にはある程度産業界に出ても戸惑うことのないように、工学の基礎的な力をつけて産業界に送り出すのが我々の責務である。
しかしながら、これまでは多くの先生方はその意識が低かったと断言できる。単に自分のやっている研究の下働きをさせるようなやり方は、これからは改めねばならないだろう。
長期的で地道な将来の科学領域の研究は理学部が担い、我々工学部では工学的な研究や技術に関して中長期的な基礎研究から、ある程度短期の応用研究にいたるまで、幅広い内容をこなし、学生ともども研究を行う姿勢であれば、彼等は産業界に出ても戸惑うことなく自信を持って巣立っていけるはずである。
やっと産学協同、産学協同!と声高々にいずれの地方でも積極的に推進するようになってきた。
独立法人化した地方大学も国の援助に頼らなくても民間ベースで活力と魅力のある研究活動は何だろうといつも考えながら行動していけば、自然と企業からも特別枠で学生を受け入れてもらえるしコントロールされない研究をしていけるのではないか。
また、そのような方向に持っていくべきであると思う。
それにしても本年は大企業が大幅に採用枠を広げたということで、我々の研究室以外の多くの学生は大企業に志願しているようである。
大企業の場合は人事課が主導で採用までにおおよそ5段階の面接と試験を課している。したがって採用にいたるまでに時間がかかり、その間学生は拘束されている。
更に、学生は大学受験と同じように複数受験しており、実際に数社から内定をもらう学生がいるようだ。
ある化学系の大手の企業の例であるが、昨年は採用した学生の十分の一しか誓約書を出さず10月過ぎに再募集したと言っていた。
「昨年までは100名以上の学生が押し寄せていたが、本年は昨年の十分の一くらいしか応募者がいない」とある中小企業の社長が嘆いていたが、あまり心配しなくてもいいですよと言っておいた。全体枠では大企業に集中するわけがないし、更には最近の傾向として工学系では学卒から修士修了者にシフトしている。
したがって学卒者を採用するのはそんなに困難を伴わないと思う。また我々の研究室では就職に当たり、あまり企業の規模を考えず、自分にとってやりがいのある企業を選ぶように学生には常に言い聞かせている。
それが研究室の伝統となり表面工学領域では一定の評価を得られるようになってきている。これからもこのスタンスを崩さないように企業との信頼関係を大切にしながら行動していく。
製造業の原動力
昨年の終わり頃からサポインと称して中小企業、とりわけめっきを中心とした11業種の高度化を推進するにあたって論議され、本年6月中旬から支援事業が公募された。
国がこの法案を作成するに当たり準備段階から有識者の一人として関わってきていたため、中立的な立場であるので公表されるまでは表立ってのコメントは控えてきたが、6月の内閣府のテレビ番組を契機に小生なりにまじめに考えてみた。
審議委員会などでは、これまで株主総会と同じでシャンシャンで終わっていたようであるが、自分なりに意見を述べてきた。議長からは「たくさんの建設的な論議ありがとうございました」「この種の委員会でこのように活発に論議されたのは自分の経験では始めてです」とのコメントがあったくらいである。
確か20年位前の40代の頃、当時の通産省のある委員会のメンバーになっていたときも、かなりざっくばらんに意見を述べていた。その内容を当時中村先生に話したら「俺と同じことをやったな!まもなく首になるぞ!」と言われた。案の定、次回の委員会からは声がかからなかった。
その経験もあったので、今回は少しトーンダウンして、あまり批判的なことは言わずに、建設的なことをコメントすることに集中した。
それはさておいて本論に戻ろう。中小企業と大企業の数の比率はどれくらいなのか、一般的にどれくらい皆さんが知っているのか興味があり6月以降、人と会う度に質問をしてみた。
中小企業は資本金3億円以下で従業員300人以下と定義されている。多くの方々に質問したが、案外わかっているような人でも1割が大企業で9割が中小企業と答えた。
学生にいたっては産業界の状況を知らないので2割から3割が大企業と答えるのが多かった。同じ質問を中小企業の経営者にすると1%が大企業で後は中小ですと正解を即座に答えてくれた。
日本の製造業はこれらの中小企業が担い手であり、しかも全体の99%を占めているのである。その領域に今回約70億円近くを支援するというものである。
中小企業の研究支援の増額を
金額的には文科省のナショナルプロジェクトと比較してあまりにも少ない。文科省は数年前から重点科学領域の育成として3兆円以上の税金をつぎ込んでいる。それが6月に大きな問題として取り上げられた公的資金の不正利用に繋がっている。
数年前にこのプロジェクトが推進されてからは、従来の均等配分から競争型の配分に変わったので方々の大学で死活問題だと申請に躍起になっていた。
なかにはいい加減な申請もあったようで、結局は実績が出ないからと途中で辞退が出る始末であった。
確か数年前からアカデミックバブルとかといわれ、これらのナショナルプロジェクトに採択された大学では、高価な評価道具を購入し、実績を上げるのに多くのポスドク、客員教授、客員研究員をそろえ、論文の本数稼ぎに奔走していた。
しかもこれらの大型プロジェクトは、ほとんどが3年から5年で完結するので、一度抱えたポスドクや客員教授、大型の機器のメンテナンスには莫大な費用がかかる。
したがって、それを維持するために更に複数の大型プロジェクトを申請しなければならなくなる。
それ故、本来の研究というよりも費用を捻出することにそのチームのリーダーである教授は奔走せねばならない。しかも強力なサポート体制が構築されていないと、どうしても経理が杜撰なものになってしまいがちである。
競争型の申請による採択比率は将来を担う基幹技術に集中させ、科研費やその他すべて申請制度を撤廃または簡略化して選定する制度を導入してもらいたいものだ。
現在の申請手続きは面倒で専任の事務をつけないとなかなか採択までこぎつけない。これまで私の研究室では科研費を2度採択されているがA4用紙で5枚以上の書類を書かねばならないし、更には振り込まれた研究費は一円まで管理しなければならない。したがって事務処理が複雑で、研究に専念することが困難になってくる。
しかも我々のような弱小私学ではせいぜい専任の事務官が2人くらいしかついていないので、結局はすべて自分がやらねばならない。
もうこんな制度はやめにして申請手続きをしなくても、個人やチームの研究実績はインターネットでわかるのであるからそれらの実績をレビューし、産業界からの意見を聞けば個々の領域でどこの大学の、どの教授にサポートすればいいのかは即座に判断できるはずである。
従業員が1000人以上の大企業では90%以上が研究開発費を投入している。300人から1000人までの企業ではその数が70%、一方ものづくりの担い手である中小企業の中で何らかの研究開発費を捻出している企業はたったの10%であるという調査結果も出ている。
中小企業が日本の物づくりの担い手であるのだから、技術力を高めるには文科省と経産省の相互が乗り入れて技術に対する援助額をたった70億円くらいでなく、文科省が重点的に科学領域に使用している3兆円の一部をまわし、更に大学の研究者とのリンクを取れるようになれば中小企業の体質は強化されるし、大学と産業界の連携はもっと効率よく、しかも実効を伴うであろう。