国際科学オリンピックと学校教育
関東学院大学
山下嗣人
本年の国際科学オリンピック(数学・情報・物理・化学・生物)に参加した日本代表選手23人全員が、金12個を含むメダルを獲得した。彼らは、世界で標準的に使用されている教科書を学び直し、さらには、実験の特訓を受けて本番に挑んだと聞く。こうした特訓の成果が好成績につながったのである。実験を通して、「考える力」、「工夫」、「応用力」を養うことの大切さが示されている。
一方、過去の科学五輪で銅メダルを取った高校生が、帰国後60点満点の模擬試験で、10点にも満たなかったという事実がある。日本の科学教育が、「本質的な理解を求めるより知識を蓄えること」に重点を置き、「体系的に学んでいない」ことを如実に示しており、受験体制重視の弊害にほかならない。
私達の小学生時代は、野山を歩いての昆虫採集、草花採取など、自然に接した生活があった。特に、「カエルの解剖」を通して、生命の仕組みや神秘さ、生命の尊さを学ぶことができ、人格形成にも役立ったと思う。同時に、探究心に目覚め、興味を持ったものである。
国立大学法人化直後、旧帝大クラスと思われる有名大学が予備校を訪問し、「研究者タイプの卵はいないか」訪ね歩いたという。「納得するまで動かない」、「いろいろと理屈を並べる」など、教員泣かせの学生が、実は研究者タイプだそうである。しかしながら、そのような研究者タイプは、現行の知識詰め込みが優先されるマークセンス方式の入試制度では、高得点を取ることができないという。
研究者に必要な資質として、東北大学総長の井上明久先生(金属の非晶質化を安定させる「井上経験則」を発表)は、「知的好奇心(チャレンジにつながる)と忍耐力(努力を継続させる意志)」を挙げているが、最近の若者にはどちらも不足している。
文部科学省は、全国の小学6年生と中学3年生を対象に、本年4月に実施した3回目の全国学力調査の結果を発表した。それによると、過去2回の結果と同じように、基礎的な知識を問う問題には答えられるが、知識の活用や記述力、応用問題には弱いという傾向が示された。約60億円という多額の費用をかけて実施している学力調査結果が、その後の教育に反映されていないことになる。来年以降は全員参加型から抽出調査方式へ変更し、費用は今後の検討費を含めて約1/2に削減するという。税金の無駄使いとの酷評を緩和させる施策に終わることなく、社会で役立つ教育方針・内容に改善してほしい。
校長や教頭を補佐する主幹教諭を減らして、理数系教員を約2000人増員し、「現場を支える人を増やす」という新政権に期待したい。すでに、宿題を増やしたり、規律の維持に力を入れる学校が多くなっているようではあるが、学ぶ意欲の減退は依然として、大きな課題のようである。ドイツやスイスのように、将来の職業を意識した教育制度を低学年次から取り入れ、自覚を持たせることも必要であろう。
道徳教育の一環として、以前では当然であったトイレ掃除を通して、「豊かな心」を育もうという取り組みが教育現場で広がっている。トイレ掃除は、道徳の教科書を読んだだけでは分からないことを体験できる「生きた教材」と、推奨する学校関係者が増えている。事実、「汚さない・大切にする・感謝する」ことに対して、効果が見られている。06年横浜市の教育改革会議が、「公共心や規範意識を育むことが必要」と、清掃活動の推進を答申し、市立小中学では、来年度から生徒によるトイレ清掃を実施する予定という。謙虚な気持ちになり、心が磨かれることを期待したい。
最近、米国ボストン大教授らが、「寝る脳は育つ」ことを発表している。学習中に活動した脳の領域が睡眠中にも活動しており、その活動が活発なほど学習効果が高いことを、機能的磁気共鳴画像で確認し、識別の正答率も上がっている。学習した脳活動を睡眠中に繰り返し、復習している結果という。
学生食堂が朝定食を提供
関東学院大学金沢八景キャンパス内一部の学食では、4月から朝定食(午前8時)を始めている。朝定食の実施は、2004年に九州の大学生協で始められ、最近では全国の大学に広がっている。学生の約1/3が朝食抜きで、お菓子や野菜ジュースを「朝ごはん」の代わりにしているという。そのような現状を踏まえ、「過保護」や「自立を妨げている」との指摘があるものの、生活の乱れに危機感を覚えた大学側が工夫を凝らし、積極的に学生支援をしているのである。
朝食を食べながら、栄養バランスやエネルギー代謝の講義を学び、単位取得ができる講座に受講生が集まるという大学、赤字は別の事業の収益で補い、原価250円のところを、100円で提供している大学、プリペイド式カードで学生の経済観念を刺激しつつ、朝食の習慣化に成功した大学など、さまざまなアイデアが報告されている。学生が規則正しい生活習慣を身につけて、心身ともに健康、かつ高い目標と意識をもって学習することを願ってのことである。全入時代を迎えた今の大学では、以前には考えられないような教育・学習支援・環境づくりが必要なのである。
朝ごはんを食べないと、脳のエネルギーが不足して「イライラ」する、「集中力」が欠けて、午前中の能率が上がらないという。お米の中には、脳の唯一のエネルギー源である「ブドウ糖」が多く含まれているので、お米を食べることにより、脳のエネルギーを補給できるのである。塩分やコレステロールが含まれていないので、高血圧、高脂血症、心臓病を防ぐことができる。さらに、体内に脂肪を蓄えるインシュリンの分泌が抑えられるので、肥満や糖尿病の予防にもなるという。
朝ごはんに「お米」が見直しされている理由がここにある。米づくりを復活させ、日本人の食生活に適したお米を食べる生活に戻してみたらと思う。地元で作られた新鮮な野菜を食べることも健康に好く、長生きできる秘訣とも言われている。健康には地産地消が良いのであろう。
若者が好む高脂肪の食事を、短期間(9日以内)ラットに与えたところ、運動能力や記憶力が低下したとの実験結果を、英国ケンブリッジ大学の研究者らが発表している。高脂肪食のラットは、脱共役タンパク質3と呼ばれるタンパク質のレベルが上昇して、酸素からのエネルギー生成プロセスを効率良く処理できないという。食事と思考、運動能力との間に密接な関連性のあることが見出されている。西洋式の食事は高脂肪食であり、肥満、糖尿病、心臓疾患を招きやすい。スポーツ選手や指導者には科学的トレーニングだけでなく、食事管理が大切であることを示唆している。
長寿といわれる長野県佐久地方の食生活
長野県は南北に約230kmと長いので、地域により独特の生活文化や食文化がある。3000m級の山々が聳え、「流れ淀まず、ゆく水は、北に犀川・千曲川、南に木曽川・天竜川」と、県歌「信濃の国」に歌われている大河の恵みで潤った「松本・伊那・佐久・善光寺」の、四つの平は肥沃の地である。このような、山紫水明の下で育った新鮮な多種類の自然の恵みを、四季折々にいただくことが健康・長寿の源となったのであろう。
昔の人は、春にはフキノトウ、ナズナ、ゼンマイ、ワラビ、タラの芽、山ウド、タケノコなど、秋にはキノコ、山ブドウ、アケビ、クリ、クルミ、橡の実など、「旬のものは必ず食べるように」と、季節に応じて食したのである。旬の食べ物には、芽吹き、成長する力を多く蓄積しているからと考えたようである。
佐久市(旧南佐久郡臼田町)には農村医学で国際的に名高い「佐久総合病院」がある。昭和30年代の中頃から、医師と看護婦によって編成されたスタッフが、農村地域の全村を出張診療して、予防と健康管理の大切さを説き、食生活の指導を行ってきた。長野が長寿県となった背景の一つには、「農民の健康と生活を守る」をスローガンとした佐久総合病院の地道な活動があり、地域医療の向上に極めて大きな役割を果たしてきたのである。
長寿の秘訣は、風土と地域の産物を上手に活かした食生活と気候にも関係がある。佐久地方は、浅間山と八ヶ岳連邦に囲まれた海抜約1000mの高地にあり、雪は少ないが、冬の寒さは厳しい。晩秋から早春までは、秋に収穫した野菜を漬物や凍結乾燥した青菜(かけ菜という)などの保存食として、長い冬をしのいできた。また、空気が乾燥しているので、野沢菜や保存食を食べながら、お茶を「たくさん飲む」習慣があった。そのことが、東北地方と同じように、塩分の摂取量が多いとされながらも、長寿日本一を維持している理由であろう。
佐久は米どころであり、「田んぼ」からの恵みによる「たんぱく質の確保」がされてきた。水田では鮒や鯉を、畦では大豆を育てて、「凍み豆腐、味噌、黄な粉」などの加工品に、用水路には「どじょう、はや」などの小魚が、土手には「イナゴや地蜂の巣(蜂の子)」などが、それらである。川魚料理としては、コイ、フナ、イワナ、ヤマメ、ニジマスなど、また、昆虫食としてのイナゴ、蜂の子、蚕のさなぎ、ザザムシなどは佃煮として、古くから食べられてきた。長寿には、たんぱく源としての「昆虫食」が関係しているとの説があり、世界長寿地域の食生活と共通点が多いことを指摘する学者もいる。
五穀(米・麦・豆・粟・黍)を基本とし、伝統食に、さらに緑黄色野菜や肉類を取り入れ、土地に合った産物を活かした食生活をすること、そして、健康を考えた良い生活習慣を幼い頃から身につけることが肝要である。