新社会人誕生の季節にあたり...

関東学院大学材料・表面工学研究所
副所長 渡邊 充広

 雑感シリーズの執筆依頼があり、さて何を書こうか…咲き始めた自宅の庭の源平桃を眺め、鳴き方がまだ上手でない鶯の声にちょっとやきもきしつつ、幾つかのテーマが浮かんでくる。自身が取り組んでいるIoT関連、電子回路、表面処理技術等々はどうかと思いめぐらせた末、季節柄、今春、新社会人としてデビューする方々に当てた私感的な内容にすることにしました。内容に賛否両論はあるかと思いますがその点はご容赦下さい。

今年は六十年に一度の大チャンス
 2019年も四分の一が過ぎました。亥年ということもあり、猪突猛進のごとく新入社員の方にとってはあっという間に一年が過ぎてしまうことでしょう。ところで、今年の干支は 己亥(つちのとい)で、「正しい場所で挑戦する年」というのが謂れです。己亥という年は、六十年に一度巡ってくる年で、謂れとマッチさせると、六十年に一度の大挑戦にでるビッグチャンス到来というようにも受け取れます。皆さんがこんな思いで何かに挑戦したら、近い将来、元気な日本を取り戻せるかもしれません。さて、六十年前(1959年)の同じ己亥の出来事を調べてみると、岩戸景気の中にあって景気は絶好調な高度経済成長の時代にあり、そして、この年を代表する出来事が、皇太子様と美智子様のご成婚でした。六十年前に結婚された当時の皇太子が、六十年後の2019年、天皇を退位される。元号も変わり、新時代の幕開けとなる年が2019年ということになります。偶然?とはいえ、今年は期待が持てそうな年になりそうです。しかしながら、“なりそうな”では他力本願的ですので、やはり自ら行動、挑戦せねばと思います。自信も己を鼓舞(?)しテーマに取り組んでいます。やはり技術屋たるもの自ら手を汚し、汗をかく、コメンテーターであってはならないというのが信念です。趣味の世界でも目標をもってチャレンジ中です。

理工学系新社会人へのアドバイス
 2015年春まで、自身は産業界で三十有余年、技術者、管理職、経営者として過ごしてきました。幸いにも多くの開発品を世に送り出すことが出来きました。実力を考えれば、単にタイミングがよかったに過ぎなかったと振り返っています。
春は新社会人として多くの若者が職に就く時期です。理工学系を卒業した学生の中には研究・開発職に就く方も多いのではと思います。しかしながら、いきなりこの職に就くのは如何かなと自身は考えます。現場でしっかりものづくりを覚え、品質保証やできれば営業も経験し品質、ニーズ、フォーキャスト、原価などを理解したうえで、研究、開発職に就くことが望ましいと考えています。学業時代は、表現は適切ではないですが、論文の為の研究が多かったのではないかと感じます。しかしながら、学業時代は研究を通じ知識、技量を養うことが必要ですので、それも重要と思います。ところが、企業での研究は利益に繋がる研究、開発となります。期待成果に対し見込みのないテーマや研究、開発はバッサバッサと削られます。これが現実です。必然的に、いつまでに成果をあげねばならないというマイルストーンが設定されます。その為、効率よく作業を進め、結果を出すことが必要になります。研究でいえば学んできた実験計画法が役立ちます。上手くいかないときは、FTA(Fault Tree Analysis)解析法を用いて要因を潰しにかかるなどが有効です。学業時代に期限を定めて取り組んでこなかった方々にとっては、期限を定めて取り組むという点に大きなプレッシャーを感じるかもしれません。少々脅し気味な記述となり、反対意見もあるかとは思いますが、あくまで経験を基にした私感ですのでご勘弁を。
企業側にも望みたい点が…将来性のある研究、開発においては短中期的な成果で見極めをせずに望んで欲しいと思います。営業主導的の場合、どうしても目先の売り上げ、利益に目が向いてしまいがちで、成果がなかなか出ない研究、開発は窓際に追いやられる傾向があります。エンジニアが一番やる気をなくす状況です。いずれ企業の成長もなくなると感じます。そのような企業を幾つも見てきました。是非、将来性のある研究・開発は、フォーキャストで見立てた時期までは最低限継続をと思います。勿論、目的、目標が時代とそぐわない状況となれば見直しは必要です。

技術者にとって必要なセンス
 技術者(技術屋)にとって大切なことは、専門知識を有し、且つ、ものづくりができること、そして、発想力、問題解決力、突破力を有することと思います。
基礎知識や専門知識があることは鬼に金棒であることに間違いはありません。しかしながら、それがかえって邪魔をしてしまうこともあります。専門知識豊富なために、その蚊帳から抜け出せず新たな思想が湧いてくることなく無駄な作業の繰り返しで時間だけが過ぎていくなんてことも。そんなジレンマに陥った時、リフレッシュは欠かせません。以外にもすんなりとアイディアが湧いてきたりします。また雑学も結構役立ちます。知識の引き出しは多いことに越したことはなく、専門分野以外、異業種にも幅広く興味や関心を持つことは大切と思っています。それは趣味の分野でもいいと思います。まったく別の視点からアイディアが湧いてくることや、研究成果(失敗も成果)が異業種で応用できることに気が付くことも多々あります。広範囲な分野に関心を持つことは決して無駄ではなく、人生も豊かになるのではと思います。
加えて、“気づきの能力”を養うことも重要で、例えば何らかの研究や開発中に、目の前の事象をみて、いつもと違う様子や特異的な現象に気が付く、付かないでは成果に大きな差を生むことがあります。日常生活でも役立つ“気づきの能力”を養うよう努めることをお勧めします。

基礎基本の大切さ
 「何事も基本が大事」なんて言葉をよく耳にします。何かを成そうと思ったときに意識していることは何と聞かれると、大抵の方は「あきらめないこと」とか「やり続けること」と答える方が殆どです。勿論、とても大事なことと思います。継続は力なりって言いますから。ただ、「あきらめないこと」や「やり続ける」こと以上に大切なことがあると思います。それは「基礎基本」ということではと思っています。「そんなのわかってるよ!」という声が聞こえてきそうですが。それでは「基礎基本」って何ですか?と尋ねると意外と正確に答えることは難しいと思います。分かっているつもり、習得したつもりでいて錯覚しているに過ぎないかもしれません。言い換えれば「基礎基本」というものをそんなに重要視していないのかも。さて、基礎と基本とは? 調べてみると、基礎は①物事が成立する際に基本となるもの ②建築物の重量を支え、安定させるために設ける建物の最下部の構造、基本は、物事が成り立つためのよりどころとなるおおもと。基礎。(参照:大辞林 第三版)とあります。簡潔に言えば基礎基本は、ものごとを成り立たされるための元となるものであり、土台であるということです。この土台がいい加減だったらどうなるかはお察しのとおりです。家で例えれば土台がいい加減であればいずれ家は傾き、場合によって崩壊なんてことにも成りかねます。これを私どもが身を置く表面処理業界に当ててみると、様々な工程、品質トラブルの点で垣間見ることができます。仕事柄、多くの企業から相談が毎日のように来ます。その殆どは品質問題です。工程管理の状況やトラブルが発生した経緯を伺ったり、現地現物をみたりすると、基本的なことがおろそかになっていることが多いのです。おそらく当初は出来ていたんだろうと思いますが、いつしかお座成りになり基本が忘れられているというのが実態ではと思います。故に、基礎基本的な知識、技術、技能は定期的な反復学習や研修を行うことが大切ではと思います。自身も恥ずかしながら分かっているつもりで、実は分かっていなかった、忘れていたってこともあります。どれだけ基礎や基本が大事だとわかっても、だんだんと重要視しなくなってしまうのはなぜなのか。私の経験で言えば①習得したつもりでいる、②時間がなく焦るがあまり、すぐに取り掛かれるテクニックやノウハウ的なものに意識がいってしまうところかと思います。
 何事も基礎基本をしっかり反復し、世に役立つもの、喜ばれるものを創出できるエンジニアに成長することを理工学系新社会人の方々に期待致します。
 最後になりますが、数年前、ツーリングがてら成田山に参拝したときの事です。前に並んでいた親子の会話の中で、父親が小学低学年くらい子供に「中途半端は無に等しい」と語っていました。今でも耳に残る一言です。