2023年 年頭に想う

関東学院大学 特別栄誉教授
材料・表面工学研究所 顧問
本間 英夫

《これまでの上級講座、これからの上級講座》
 今から54年前、中村先生、斎藤先生が中心になられ、めっきを中心とした経営者との幾度にもわたる論議を経て、めっき関連技術者養成講座としての上級表面技術講座が、お茶の水のめっきセンターで開講された。
 第1回の上級講座は教室が満席に近く、50名を超えていた。私は当時、大学院の2年生で、午前10時から朝の講義3時間、途中1時間の休憩をはさんで午後からの講義が2時から5時まで毎週木曜日に開講されていたが、一部講師の都合から土曜日にも開講されていたが、経営者からも受講者からも不満は出なかった。
 毎週行われた各講義内容をまとめ、派遣先の企業に送るのが私の役割であった。
 当時の講師は各大学の第一線の先生方、東京・神奈川の工業試験所や薬品メーカーの技術のトップであった。
講義は表面処理全般にわたり、私にとっては極めて充実した1年間で、その後の私の大学における教育及び研究活動に大いに役立った。
開講の翌年、機器分析の講座を開講することになるが、適当な講師が見当たらないからと、中村先生から上級講座の講師をやるように要請された。
当時は本学にはX線回折、赤外分光、紫外可視分光、ガスクロの装置がようやく備わり、それらの原理、操作法など自分で使っていたので、1回3時間、2回の講義を担当した。
 さらに、その翌年からはプラめっきや無電解めっきの講義、さらにはプリント基板の関連技術を担当するようになっていった。
 この上級講座は毎年受講希望者が多く、各企業で次年度の受講者が決まっており、いつも教室が満杯になったものである。しかしながらバブルが潰え、リーマンショック後は35名、さらにコロナ感染を危惧する企業があり、第54回講座からは対面とオンライン講義を併催しているが、受講生は20名程度である。このままでは事務所のレンタル料が大きな負担になり、経営が成り立たなくなることが明らかであった。
 本学では、京浜東北線の関内駅南口前に建設中の17階建て「横浜・関内キャンパス」が1年遅れで完成し、昨年11月に、横浜市長、横浜市会議長を来賓に、卒業生である衆議院議員・小泉進次郎氏にご出席していただき、開設記念式典が開催された。社会連携教育の拠点としての横浜・関内キャンパスは、学生だけでなく、企業、自治体、市民などに開かれた教育プログラムを用意したキャンパスとして、ホール、ギャラリー、ラウンジ、コワーキングスペース、ブックカフェなどの施設を市民にも開放する。「社会連携教育」拠点として、企業や自治体と連携した多彩な教育プログラムを通じて、学生三千三百名の学びを展開する。
 本年9月に開講予定の上級講座と機械・装置設計技術者育成講座の講義は、横浜・関内キャンパスの教室を使用する予定である。
 横浜・関内キャンパスの建設計画が進んでいた頃、大学の経営陣にハイテクノのこれまでの実績を説明し、少子高齢化とともに大学の経営にはリカレント教育として、上級講座を大学とコラボして運営することを提案し、斎藤先生、山下先生に賛同していただいた。
 まずは大学とハイテクノとの共催で上級講座を継続していく計画である。
 これまで関東学院大学の伝統と他の大学に無い特徴を守り、さらに発展させねばと、産業界からの協同研究、委託研究や公的研究機関他、大学との連繋を積極的に実施してきた。産業界、学会、他大学、公的機関などから注目されていたので、現在は研究所が立ち上がっているし、さらにハイテクノの教育事業を大学が継承するのがいいとの判断になってきた。
 本構想は、今から50数年前に着々と進められ、当時の理事長・坂田佑先生が了解済みで、白山源三郎学長と中村先生との間で、めっき学科の設立の確約書まで出来ていたのであるが、学園紛争で、すべて立ち消えてしまったのである。。
 中村先生は、産業界の教育事業に注力されるとして47歳で大学を去られたが、ハイテクノの教育事業は、現在も継承されている。この教育事業は昨年9月に55回目を迎え、表面処理業界での認知度は高く、経営者トップ、技術者の幹部候補生を始め、これまでの修了者2170名が業界の中枢で活躍している。

《ハイテクノの事業、大学で実現に向けての具体的な行動》
 先に述べたように、50数年前に表面処理学科設立構想から実際に大学上層部と化学館を作る確約を取り、具体的に行動しようとしていた矢先に、学園紛争が激しさを増してきた。特に、当時はすでに事業部ではバンバーの金属めっきの他に、世界に先駆けてプラめっきの技術を立ち上げていたので、国内は勿論のこと、アメリカ、台湾、韓国からも見学者が殺到していた。大学の「人になれ奉仕せよ」の校訓を実行し、特許は取らず、全国から訪ねてこられた技術者の方々を指導した。
 当時は大学のキャンパス内に工場があり、昼働き、夜学で学ぶ人も多く、産学連携の理想的なモデルであった。しかしながら、当時、世界的に吹き荒れた学園紛争、特に本学では日本唯一の工場を持つ大学であったので、産学協同路線反対の狼煙が巻き起り、実現寸前のめっき学科の設立構想は断念せざるを得なかったのである。
 規模は小さいが、表面工学分野の研究活動と業績、社会貢献などの実績が評価され、中村先生のご遺志を55年後に果たすことができ、昨年8月末に文科省から、関東学院大学理工学部に「表面工学コース」の設立が認可された。産業界と連携し独自の給付型の奨学金給付制度も立ち上げ募集することになった。またハイテクノ上級講座を本学で継承することにより、講座内容はさらに充実することは間違いない。

《 関東学院大学 表面工学コースの入試 》
 関東学院大学 表面工学コースの入試には、企業からの「特定校推薦」や「総合型選抜9月~11月」は、すでに終了したが、2月以降の一般入試には、前期・中期・後期3回のチャンスがある。表面工学分野に興味や魅力を抱く受験生を始め、ご家族や知人などにぜひお勧めいただきたい。


《 変革期に望むこと 》
 今まさに変革期、我々も教育内容を変え、産業界も教育投資、研究投資に力を注いでいくべきである。
 日本は80年代から着実に科学技術力は高く評価され、2000年頃に科学技術力を示す論文数が世界第2位に躍り出たが、その後はピークアウトし、先進8カ国の最下位に転落したようだ。
 日本の製造業技術は戦後の復興期から技術の模倣に始まり改良技術から創造技術へと、質の点では世界トップ水準の圧倒的に優位な位置にあるはずである。バブル崩壊後、すでに30年を経過したが、日本の技術力は依然として高く評価されている。しかし、技術に対しての先行投資は年々少なくなってきている。
 最近企業からの相談の多くは不良対策である。「めっき大全」というタイトルの参考書を一昨年の6月に日刊工業から発刊したが、その2ヵ月後には重版が決まり、現在まで四重版まで版を重ねている。われわれは、この書籍の宣伝をほとんどしていないが書店でコンスタントに売れているようであり、関心を集めている。
 以前にも記したが、めっきは日用品からエレクトロニクス、自動車、航空機、宇宙産業、医療、ハイテク機器まであらゆる分野に応用されてきている。
 特に1960年代初めにプラスチックへのめっき技術が関東学院で確立されたことで、この半世紀、エレクトロニクス、自動車産業を中心として大きな表面技術の重要性が向上し、さらにはパソコンやスマートフォンなどの今日のハイテク産業へとつながっている。発売から既に、四回の重版となったのも、要素技術として、あらゆる産業でめっきが使われ、関連技術の技術者に関心を集めたのではないかと思われる。
 本書は既にめっきの基礎知識を習得し、さらなるステップアップを目指そうとする方々を対象にまとめており、具体的にはめっきの用途、役割、原理などの基礎技術から、電気めっきや無電解めっき、めっき皮膜による機能性等、従来の専門書にはない新たな応用例を網羅し、さらに先端技術まで体系的に取り上げている。
 このめっき大全はハイテクノの斎藤先生、山下先生をはじめ関東学院大学材料・表面工学研究所に関わる多くの執筆者で構成されている。本書はハイテクノの講座の教科書として使われている。

《 コンソーシアムの活用 》
 ハイテクノの講座と相まって大学の果たす役割も重要である。
 現在、本学が出願した特許件数は約150件ある。実施件数は東大がトップ、ついで京大で、なんと関東学院大が3位であり、この5年間は同じランクをキープしてきた。昨年は6位であったが、私学では依然として一位であった。
 コンソーシアムの参加企業は特許使用料を支払わず利用できる。この方法だと利益相反が起こりにくい。その代わり企業には特許の年間維持費や次代の人材を育てるための奨学金の寄付という形でお願いしている。こうした仕組みを整えることで、コンソーシアム参加者の中から産業界や学会の将来を担うリーダーが出てくることを期待している。
 以前の雑感シリーズでも記したが、私が考えるリーダーは先見性があり、判断のスピードが速く、鋭い感性を持った人物だ。
 プラス思考であることも求められる。部下の研究や事業を「そんなものダメだ」と即否定するのではなく、研究や事業の芽を「引き出す」ことがリーダーの役割と言える。
 一貫してぶれない研究姿勢が必要だ。私も50年以上にわたり、機能性創製を目的としためっきの研究と教育に携わってきた。日本がモノづくり大国として存続するためのイノベーションを引き出す技術者の環境を社会全体で作っていくことが望まれる。